『花魁導宙(おいらんどうちゅう)』
私は身を売った。
身売りなんて親の喜ぶものではないが、所詮貧しい身の為仕方がなかった。
母は泣いて「どうか生きて幸せに」
父は怒り「お前がゆく必要などない」と言った。
私は無表情で「ありがとう」と伝えた。
最初は少し驚いたのだ。
母は普段から厳しく涙など見せる人ではなかった。
父は普段は温厚で怒っているところなど見たことがなかった。
私も、表情豊かで無表情など今まで一度も見せたことがなかった。
そんな自分に嫌気がさし、まるで吐き捨てるように
「幸せに」と言い、ぼんやりと明かりのつく家を出た。
最後私に残ったのは、私が好きだった豚汁のほのかな匂いであった。
その後は、身を売られて遊郭に入り見事な働きっぷりを魅せた。
たまには客に酒を注ぎ
たまには客に愛を注ぎ
たまには客に精を注ぎ
汚い世界だった。まるで女など物も同然。
勝手に愛され、勝手に期待され、勝手に捨てられ、
無理心中をする女など何人もいた。
馬鹿馬鹿しいだろう。そんなことをしても誰の為にもならぬというのに。
今日も今日とて男と酒をのみ、金を遣ってくれた物には身をやる。
汚く叫んで、相手を喜ばし、見せたくないものまで見せ、
だいぶ廃れた頃にはもう夜明けだ。
とんだ一生だよ。こんなてんでつまらない一生など、無価値も同然なのではないか。
…血迷ったのだよ。私とて、こんなことはしたくない。
目の前の濁流にそっと身を寄せたかと思えば
どぼん
ともう落ちている。
嗚呼、水とはこんなにも美しかっただろうか。
周りで泳ぐ魚たちはまるで私を受け入れてくれるような。
下には一面丸い石。みな型にはまり、今か今かと抜け出す時を探している。
ふっと風を感じもう明かりも感じぬ空を見上げれば、トキが飛んでいた。
自由そうに、この世界は自分のものだというように、
舞踊るように、傲慢に飛んでいった。
トキのあの目は、あんなにも高い空を見つめていた。
私のこの目は、こんなにも深い海だけを見つめていた。
もうそろそろ息も尽きるだろうか。
頭が柔くなっていく、肌が煩く鮮やかに光る、脳がくらげに魘される。
母の声がする、父の声がする
私の声がする。
…これでよかった。よい、人生であった。
お題『誰かのためになるならば』
※魘される=うなされる
※煩く=うるさく
※注ぐ=そそぐ
織川より
すみません。投稿する曜日が土曜と水曜から土曜と不定期で一日、に変更となります。
ご了承ください。
7/26/2023, 2:34:30 PM