『たった1つの希望』
たった一つの希望があるとするならば、
——それは君が死んだことだろう。
○○○
この世に奇跡なんてモノは無かった。
あるのは、血の味がこびりつく地獄だけだ。
『ナイト、ご苦労様』
「主、こんな物言わぬ、躰になって……」
死体が目の前にはあった。
忘れない、あの人の死体。
私の事を、優しく撫でてくれた、あの人の……。
「あの、なんだ。悪政を敷いていた強欲領主が死んだんだって?」
「みんなでデモ起こして、一族諸共火あぶりの処刑よ」
「かーーっ。悪いことはするもんじゃねぇなぁ!」
……あの人は、悪いことなんて、何も、何もしていなかった。
それどころか、
「アレじゃなかったか? 一族の中に、一人。現状をどうにかしようとしてたガキが居るとか。そいつはどうしたんだ?」
「さあ? まあ、アレだろ。口じゃあ綺麗事言ったって、ソイツだって俺達の血と涙で贅沢な暮らしをしてたんだ。死んでたって構わないね」
「違いねえ!! あの一族には、恨みしかねぇよ! 俺の娘は結婚が決まってたのに、ズタズタにされ死体だけ返ってきた」
……現実とは、ままならないものだ。
一人の力で変えられる事には限度がある。
努力が必ず報いてくれるとは、限らない。
「あれ? あそこの犬……あの、坊ちゃんの犬に似てね?」
「あ? 犬の違いなんて分かんねぇ。ま、これは人間の問題だろ。犬を巻き込むのは辞めようぜ」
「お、それもそうだな……にしても、どした? お前」
「いやぁ、最近さ、妹が犬を飼い始めてな。犬に酷いことしたって知られたら、俺がボロボロにされちまうよ」
「ははは。そりゃ、いけねぇな」
人間には悪い人間がおり、良い人間がいる。
だが、同じくらい、半分良くて半分悪い人間がいる。
きっと彼らもそうなのだろう。
自分の大切な物を大切にし、自分の大切な物を壊そうとする相手には、どこまでも残虐になれるのだ。
『ねぇ、ナイト。僕は此処で死んでしまうけど、君はどうか生きていて。そうしたら、そうだな。僕は君に憑いて、世界を色々と観て周るよ。楽しみだなぁ』
《わふ》
街の広場から、阿鼻叫喚が聞こえる。
人間とはどこまでも残虐になれる生き物なのだ。
『おい、この内臓。どこまで引っ張れるかやってみようぜ』
『もっと苦しめ! 俺の婚約者が受けた苦しみをもっと!』
『死ぬなんて許さない。生きたまま地獄の業火に焼かれろ』
こんな狂ってしまった、街の中で。
たった一つの希望があるとするならば、
——それは君が死んだことだろう。
死んだ人間は、もう苦しまないから。
《わふ、わふふ》
さあ、主。一緒に旅に出ましょう。
色んな場所を、たくさん、たくさん観ましょうね。
誰もがこちらを見ていないなか、私は一匹立ち去った。
おわり
3/3/2026, 12:40:27 AM