朝、目が覚めてカーテンを開けた時。
昼、部屋で一人、本を読んでいる時。
夜、ベッドに入って目を閉じた時。
ふと気がつくと、それは聞こえる。
最初はただの耳鳴りだと思った。
ストレス、気圧、睡眠不足·····。思い当たる節はある。
けれどある日、それは逆なのだと気づいた。
耳を澄ますと聞こえてくる、〝それ〟。
卵の殻が割れる。蛹が羽化する。命が生まれる音。
鳥が虫を食べる。蟻が死骸に群がる。命が尽きる音。
静寂の中、いつからか耳を澄ますと聞こえてくるようになった音の数々。
この世界が何億年もの間、命を積み重ねてきたのだと思い知る。
家族は気づいていないようだった。
説明すると疲れているのだと言われた。
違う、逆だ。
〝それ〟が聞こえるようになってから、私は眠れなくなったのだ。
なぜ私だけに聞こえるのだろう? それを聞いて私にどうしろというのだろう?
ふとした瞬間に訪れる静寂。静かだと気づいた途端、ノイズのように頭の中に押し寄せてくる無数の音
不協和音となって響く命の音に、私はもうすっかりおかしくなってしまった。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
目を閉じ、耳を塞いでいるのに、それでも音は聞こえてくる。
「知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない」
のたうち回る私を、小さな窓越しに母が見ている。
「·····たすけて」
目が合った母は、私を哀しそうに見つめるとゆっくり背を向けた。
◆◆◆
「どうでした?」
「ええ·····かわいそうに。すっかり混乱してしまわれて。自分を〝ただのニンゲン〟だと思い込んだままのようです」
「困りましたね·····。〝あの方〟が早く仕事に取り掛かって下さらないと、この星の命は進化を止めてやがて滅んでしまう」
「·····ひょっとしたら」
「なんです?」
「〝あの方〟はこの星にもう見切りをつけてしまわれたのでは? 我々も次の星に移る支度を始めた方がいいのではないでしょうか?」
「·····まさか。まだほんの百二十六億年ですよ?」
「しかし·····」
「もう少し様子をみましょう。もしかしたら、〝あの方〟のシステム自体が寿命なのかもしれません」
「今度こそ、上手くいくと思ったのですが」
「仕方ありません。様子を見つつ、今は我々が出来る事をしましょう」
宙に浮かぶ巨大な船。
ニンゲンには知覚すら出来ないその中で、そんなやり取りがあったことを知るものは誰もいなかった。
END
「耳を澄ますと」
5/4/2024, 3:55:25 PM