結城斗永

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「ったく、なにが『夢とロマン』だよ。未読無視前提で毎日メッセージを送らなきゃならないこっちの身にもなってみろっつうの」
 山間の小さな天体観測所。俺はいつものように宇宙に愚痴を放り投げていた。
 初めに言っておくが、これは比喩ではない。

 俺がマイクに向けて声を発すると、観測所のアンテナから、宇宙へと信号が飛ばされる。宇宙にメッセージを送り続ける。それが俺の仕事だった。
 俺も最初は返事を期待して、メッセージのようなものを投げかけたりもした。しかし、三か月経っても一向にスピーカーから返事はなく、相手に届いている感触すら分からなかった。

 どうせ誰も聞いていないんじゃないかという諦めと、こんなことを続けさせられている事への苛立ちが募り始め、とうとう宇宙に向けて愚痴を発信するという異常行動にでたのだ。
「すみませんね。あなたたちもこんな愚痴聞かされたって、返事したくないですよね」
 俺はラジオのパーソナリティか。――いや、それならまだ相手がいるだけマシな方だ。本日もお便りは届いておりませんし、リクエストもございません。
 いっそ、なにかテーマのひとつでも与えられたほうが、この不毛な毎日を続ける理由にもなるだろうに……。

 そんなある日、俺は休日に立ち寄ったオープンカフェで、一人の少女と出会った。
 彼女はテラスのテーブル席に置いた小さなラジオに向かって、笑顔で言葉を投げかけている。
「そうなのよ。あなたなら分かってくれると思ったわ」
 よくよく耳を澄ませてみるが、ラジオから聞こえてくるのは、砂利を磨り潰したようなノイズの音ばかり。
 街ゆく人々は彼女のことを『宇宙人』と呼んで小馬鹿にしていたが、いまの俺にはとてつもなく興味を惹かれる対象だった。

「相席いいですか?」
 俺は気づけば彼女に声をかけていた。
 ノイズとの会話を邪魔されたのが、よほど気に障ったのか、「どちら様?」と俺を見る顔に、少しばかりの苛立ちが見えた。
「邪魔してしまったんなら謝るよ。でも、君がラジオと何を話しているのか気になって……」
 俺は屈せず彼女に話を続ける。
「まぁ、ラジオだなんて失礼ね」彼女がラジオを慰めるように言う。そして「彼にはあなたが見えていないんだわ」と、ノイズに再び語りかける。

 俺はその後も、彼女とノイズの会話を聞き続けた。次第に、同じように聞こえる砂利のような音も、わずかな抑揚の違いで言葉のように聞こえる瞬間があることに気づく。
「そちらの天気はどう?」
 彼女がノイズに問いかけると、……ザ、ザザ、とわずかに高いピッチで短く波を打つ。
「待って」俺はノイズとの会話に割って入る。「いま、なんて言ったか当ててみる」
 彼女は俺を見て「なんて言ってた?」と挑発するように軽く微笑む。
「……『快晴だ』って言ってる」
 俺は自信を持って答えるが、彼女は小さく首を傾げる。
「今日は『風が強くて仕事が手につかないから、一日休暇を取ってのんびり過ごしてる』って言ってるわ――」
 ――そんな長いこと言ってたの?
 俺がノイズの言葉を理解できるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 翌日、俺はいつものように観測所のマイクに向かう。
 ふと、スピーカーから小さなノイズが漏れているのに気がついた。きっとそれは、今までだって漏れ出していた僅かな音だった。だけどそこに言葉のようなものを感じている自分がいる。
「君の言葉が理解できるようになるまで、もう少し話を続けてもいいかな」
 そう問いかけるとノイズがわずかに抑揚を見せる。
 俺が気づかなかっただけで、今までだって既読はついていたんだ。その日を境に、俺の発信は愚痴から問いかけに変わった。
 ――いつか、君とちゃんと話せるようになりたいな。
 俺の脳裏には、あの少女の姿が浮かんでいた――。

#既読がつかないメッセージ

9/20/2025, 3:11:57 PM