ヤツメ

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最近先輩が冷たい
何を話しても「あっそ」「へー」というだけでつまらなそうにスマホを弄ってる。
しまいには「飽きたあ」といってふらっとどこかへ行ってしまうのだ。

告白したのは私だしあまり私に対しての愛情がないのかもしれない。返事だって「えー?▓▓▓▓ちゃんオレのこと好きなのお?ふぅん……」というOKなのかOUTなのかいまいちよく分からない返しをされたし。
その後おてて繋いで教室まで送られたあと額にちゅっと可愛くキスをされたからその音で「あ、一応付き合ってるんだな」って理解したんだけど。

私の一方通行のような想いをただぶつけただけの始まりだったがそれでも最初の頃はもう少し優しかったと言うか、人の話を聞いてくれていた。
ちょっと傷つくけどつまらなかったら「つまんないから別の話して」というしあちらからもアクションをとってくれた。
スキンシップだって付き合う前から他人との距離が異様に近い人だったが加速して近くなった。
出会ったら何食わぬ顔で必ず先輩は私の体のどこかしらにくっついてくる。
それはもう実はお互いに磁石が入ってるんじゃないかと言うレベルで。
当然最近はそう言うことも無くなってしまっていった

「潮時なのかもしれないな」

もともと気移りしやすい先輩と一年ももったのが奇跡に等しかったのだ。
5本の指にも満たない年数しか送れない貴重な学生時代に刹那の輝きを手にしただけ幸福だと思おう。

その後私から会いに行かないと顔すら見ることのない、私からメッセージを送らないとおやすみの挨拶すらない先輩との恋人関係は数週間後、自然消滅という形で幕を閉じた。






我が家へ帰ると先輩は玄関の前で傘も差さずに佇んでいた。
うちは軒がないのでバケツをひっくり返したかのような雨水を直に頭から被っており、いつもは先輩の自由奔放さをあらわしてるかのようにぴょんぴょんとあちこちに跳ねている髪は今日は全てしおらしくしんなりと下がっている。

なぜいる?数週間しか経ってないし正直気まずいのだけれど。
私の家の前にいる以上このままあちらへ行けばなんらかのアクションを取られることは必然だしそれがどのパターンであれど自分にとっては喜ばしいことが一つもないと薄々勘づいているので、どうしようかと気付かれないよう遠目から暫く観察する。

「……んん?」

数十分経っても微動だとしない様子を見ていつもはコロコロ気分が変わるくせに何故こういうしょうもないことに関してはすぐ飽きないのかと静かに嘆息していると、ふと先輩の顔の動きに違和感を覚えた。あ…ああ?……あ!!!

「こ、こっちに気付いてる……!気付いた上で態とこっち来ずに"オレかわいそう"アピールしてる……!」

なんて男だ!
こちらに詰めず、泣き付かず、態と雨に打たれて被害者アピールしてやがる、自分からは直接戦わず、相手に降伏を誘導させるとは流石の卑劣さだ。こちらは何もしていないと言うのに何故そんなに被害者面ができるのか。
あれか、雨晒しで放置してるのが悪いのか。え?勝手に来たのはあちらなのに?

こちらが血相を変えたのなんて当然の如く見えてるであろうに尚も長いまつ毛(遠すぎて対して実際はわからないが)をしぱしぱと瞬かせて大男が瞳を潤ませているのをみて怖気が走る。
きっとこの男を内部を知らない人間は憂いを帯びた顔で雨に打たれている長身痩躯の美丈夫に感嘆の吐息を漏らすのだろう。
出会ったばかりの頃の自分も間抜けにその輪に加わっていたに違いない。

心臓をハムスターのように高速で運動させながら更によくよくその口元をみるとなにやらボソボソと小さく動いている。
知りたくない。だが人間とは愚かだ。好奇心は時に恐怖すら凌駕する。

「逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す好き逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す逃げたら殺す」


こんなの反射的に逃げてしまうに決まってる

「逃げてんじゃねえぞオ゙イ゛!!!!!!!!」
「ひぃっ、ひいっ、この状況で逃げない人の方がどうかしてる」
「聞こえてンぞクソアマ、ぶっ殺してやっからなア゛!!!!!!」
「ヒーーッ」








1分もかからずに捕まってしまった。

「おかえり▓▓▓▓ちゃん、寒かったでしょ?ビーフシチューあるよ、パンも焼いたから一緒に食べようねえ」
「………」

もう既に家入ってたんかい。

「その後なんでさっきオレ見て逃げたのか、顔見せないどころか連絡すらよこさなかったのか、ゆぅっくり話し合おうねえ…何。そんなに怖がらなくてもオレ怒ったりしてねえからダイジョーブ」

語尾にハートが付きそうなほど砂吐く甘ったるい声で話しているというのにどうしようもなく体が冷える。雨の中長時間外にいたせいかもしれない。

それにしても酔ってる人間が酔ってないと言い張るように、怒ってる人間ほど怒ってないと言うのは一体なんなのか。



#雨に佇む

8/27/2023, 5:36:21 PM