過ぎた日を想う
「彼氏ほし〜!」
「な!このままやとクリスマスぼっちやん」
「いやあ、男なんて大したことないって」
なんて、よその学生たちが盛り上がる声が聞こえてきた。
わたしにはどうでもいいことだ。彼女たちに恋人ができようが、わたしはただかわいい生徒たちが幸せになってくれれば。彼らのパートナーがちゃんとした人であれば。
……彼女は、もしかして恋人ができたりしているのだろうか。
「あなたさあ」
夕食後、洗い物をしていると妻に呼ばれた。
「ん、なに?」
「……あんまこんなこと言いたくないけど」
妻は洗濯物を畳む手を止めない。わたしのほうを見ずに話を続ける。
「あの子は今どうなの?」
「あの子?」
「あなたが肩入れしてた子。去年、担任してた、……親御さん亡くしたっていう女の子」
「ああ」
泡を落とした皿を水切りかごに並べていく。
「福井ね」
「そう、その子」
妻が立ち上がった。タオルを腕に抱えて洗面所へ向かう。
戻ってきてから、わたしは鍋を洗う手を止めた。きちんと話しておきたい。そう思って口を開くと
「あのね」
妻が制した。
「私が言いたいのはもっと単純なことなの。あなたは教師でしょってこと」
わたしの手からスポンジを取って、洗い物を始める。
「私のことは気にせずに、あの子の支えになってあげなよって話。ただし」
勢いよく泡を洗い飛ばす。わたしを振り返り、にこっとする。
「犯罪だけはせんといてよ。息子もいるねんから」
さ、お風呂入ろと脱衣所へ行く妻の後ろ姿を、黙って見送るしか出来なかった。
わたしは教師だ。夫でも父親でもある。彼女の視線に気がついても、どれだけ抱きしめて慰めてやりたくても、それを許さないのは世間だけじゃない。
そのはずだった。
彼女の背中に触れた温度、わたしの胸に感じた呼吸、それは日々のように過ぎ去ってはくれない。だから想えない。
わたしは彼女を「思って」いる。「想え」るのは過ぎた日々だけだから。
『彼女と先生』
10/7/2024, 1:24:34 AM