「手紙を開くと」
久しぶりに見た彼女は相変わらず美しかった。腰まであった黒光りするほど綺麗な髪は茶色に染まって肩のところで切られていた。ピンク色のシャツと薄いジーンズはまさに春らしい。そこはかとなくきらめく目元とじゅわっと赤らんだ頬は彼女が大人になったことを示している。
「これで全員集まった?」
幹事の男が呼びかける。招待状に名前が書いてあった気がするが忘れた。20年前に卒業した小学校の校門前には総勢20人ほどの大人が集まっている。小洒落た雰囲気の奴、太ったやつに逆に痩せた奴。みんな人生に満足したから、思い出を掘り返しにきましたというように見える。
後ろからヒソヒソ声が聞こえる。
「ねえ、あのイケメン誰だっけ…?」
「確か、不登校だった人だと思うけど。マドンナとなんかあったはず…」
「えーマドンナ、あんなイケメンフったの?」
おそらく僕のことだろう。
マドンナ…。春の妖精のような彼女。
僕のことを覚えているだろうか。
「おーい!あったぞ!」
掘り返し担当の男たちが手を振って呼びかける。僕はワラワラと駆け寄る集団に遅れてついて行った。
タイムカプセルは土に塗れていたが、しっかりと思い出を想起させた。保健室の先生に促されてクラスのみんなが帰った後に箱に入れた記憶。
だから一番上にあった手紙は僕の物だ。
「お前のだろう?」
幹事の男が手渡ししてくれた。僕は笑顔で手紙を受け取った。
封筒は糊付けされていてずっしりと重い。
べりべりと封を剥がすと少しだけアルコールの匂いがした。
「拝啓、20年後の僕へ。マドンナは今でも綺麗ですか?幸せに暮らしてください。」
2行にも満たない、短いメモ書きが入っていた。
小さくて弱々しい文字。
当時の僕は彼女のことで頭がいっぱいになるほど恋焦がれていた。もちろんマドンナだからライバルは多い。しかし当時はデブで頭も悪かったからなんの勝ち目もない。だから僕は彼女に近づいた。
封筒から黒光りするほど美しい一房の髪が滑り落ちる。
あの頃はこれを手に入れるので精一杯だった。逃げる彼女の顔はとてつもなく可愛らしかった。
20年経った今ならマドンナのすべてを手に入れられる。
僕は彼女にそっと近づいた。
彼女の顔がみるみる引き攣る
「僕のこと覚えてる?」
僕は彼女に見えるように黒髪を揺らした。
5/5/2025, 3:39:15 PM