初音くろ

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今日のテーマ
《空を見上げて心に浮かんだこと》





「あ、飛行機雲」
「どこ?」
「ほら、あそこ」

彼が窓の外を見ながら指差す先に視線を向けると、白い線のような雲がたなびいていた。
雲の線を辿った先には上空を通過していく飛行機の姿。
よほど高いところを飛んでいるのか、その姿はずいぶんと小さい。

彼はすかさずスマホを取り出して何かのアプリを起動すると、あれがどの航空会社の飛行機か、行き先はどこかなどを得意げに教えてくれる。
わたしは大して興味がないことを悟られないよう注意しながら「そうなんだ」と熱心に聞いている振りをした。

いや、全く興味がないというわけでもない。
空港に行った時などに飛行機を眺めるのも、離発着の様子を眺めるのも嫌いじゃない。
ただ、それがどこの航空会社のものかなどはいちいち覚えていないし、仮に覚えていたとしてもあんなに遠く小さくしか見えない機影では判断がつかないというだけで。

それでも興味がある素振りをしてしまうのは、それが数少ない彼との共通の話題だからだ。
好きな男の子と、少しでも共通の話題で盛り上がりたいと思ってしまう乙女心というやつである。
ちなみに今わたしが空を見上げて心に浮かんだ感想は、単に「空の青と飛行機雲の白のコントラストが綺麗だな」くらいのものだった。

「夏休みになったらチャリで空港の近くまで行って飛行機の離発着を見に行こうと思ってるんだ」
「え? 電車でじゃなくて自転車? 結構距離あるよね?」
「でも電車だと金かかるじゃん」
「それはそうだけど……」

空港なんて旅行の時くらいしか行ったことないけど、見送りの人とかもいるんだから施設内に入るだけならお金はかからないはず。
それなら、暑い炎天下で眺めるより、空港の施設内から眺めた方がいいんじゃないだろうか。
移動だって自転車で行くより電車の方が安全だし、移動時間も短くて済む。
何より、熱中症にでもなったら大変だ。

というようなことを、辿々しくも説明したら、彼は目を輝かせてわたしを見た。
好きな男の子からそんなキラキラした眼差しを向けられて、わたしの鼓動が急速に上がっていく。
え、何? わたし何か変なこと言っちゃった?
そんなわたしの動揺をよそに、彼は身を乗り出さんばかりの勢いで口を開いた。

「じゃあさ、一緒に行かね?」
「えっ?」
「オレ1人だったら別にチャリでも暑くても平気だけど、おまえも一緒に行くなら電車の方がいいもんな」

え、ちょっと待って、それはどういう理屈なの!?
何だかよく分からない急展開に半ばパニクりながらも、わたしの中の冷静な部分が「これはチャンスだ」と告げてくる。
ここで頷けば、堂々と大手を振って彼とデートできるってことだよね――と。

彼は大の飛行機好きで、たぶん1日中だって飽きずに飛行機を眺めていられる人だ。
それに同行するとなれば、わたしも1日そのノリにつきあわされることになるだろう。
飛行機に全く興味がないのなら、きっと途中で飽きて苦痛になるかもしれない。

けど、幸いなことに、彼ほど熱心ではないにしろ、わたしも飛行機を眺めるのは嫌いじゃない。
さっきみたいにアプリで「あれはどこの会社の飛行機で、目的地はどこで……」なんて解説までしてくれそう。
それならたぶん飽きることなく過ごすことができそうな気もする。
何より、好きな人が楽しそうにしてるのをすぐ側で合法的に眺め放題なんて、そんな美味しい機会を逃すのはもったいない。

わたしの心に浮かんだのは、盲目的な恋心によるそんな打算的な考えだった。
そんなわけで、一も二もなく頷いて、彼とのデートの切符を手に入れることに成功したのだった。
ちなみに、クラスの子達からは「飛行機オタク同士で出かけるらしい」程度の認識で冷やかされることもなかった。


それをきっかけに、わたし達の仲は夏休みの間に急速に進展し、2学期には彼氏彼女の関係になっていたというのはまた別のお話。






7/17/2023, 9:49:08 AM