藍間

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 刹那の油断があった。そうとしか言えなかった。その一瞬を突かれて、気づけば俺は土の上を転がっていた。慌てて上げようとした手を踏まれ、呻き声が漏れる。
(くそったれ)
 銃を持つ手が痺れる。視界の端に黒い靴が映る。泥に塗れたそれからは、かすかに血の臭いがした。
 何が何だかわからないが、相手の方が一枚上だったようだ。いきなり襲ってくるから手だれだとは思ったが。俺の悪運もこれまでらしい。
 ぐりぐりと踏みつけられた俺の手から、銃が落ちる。その乾いた音さえ、痛みさえ、何だか遠いものに思える。
「そこまでにしなさい」
 もう終わりか。そう思ったところで、凛とした声が頭上から聞こえた。俺の上にいた男が無言でそこをのければ、一人の女がその先にちらと見える。
(誰だ?)
 見覚えはない。金の髪が眩い、大きな青の瞳の、鎧姿の女だ。二十歳前後の小娘のように思えるが、その眼差しは妙に力強かった。
「怪我はありませんか?」
 金属の触れ合う音をさせながら、女は近づいてくる。俺は素早く起き上がると、その勢いで銃を掴み取る。そうして脱兎のごとく走り出した。
「待って!」
 女の声が背後で響くが、俺が意に介することはない。負けることなど大したことではない。俺はそんな無駄な誇りなんぞ持ってはいなかった。だかそれでも、施しを受けるような真似は避けたい。
(いいご身分だな)
 何者なのかは知らないが、あの女の優しさは命取りだ。この世界では、情けは破滅の母。あんな鎧を身につけているような人間なら、そんなことくらい知っているだろうに。
 俺はひたすら走る。倒木を飛び越えて林の中を突っ切り、ただただ前へと進む。足には自信があった。きっとあの二人を撒くことは造作もないだろう。そうなれば、もう二度と会うことはない。
 もう二度と、あの双眸を見ることはない。
(くそったれ)
 なのに何故、あの姿が脳裏にこびりついているのか。たったあの一瞬のことが、まなうらに焼き付いているのか。
 わからないながらも俺は走った。考えるような暇はない。ただただ今を乗り切る。俺はずっとそうやって生きてきたのだから。

4/28/2023, 12:00:09 PM