白糸馨月

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お題『あなたがいたから』

 俺の主である第三王子がこのたび即位することになった。戴冠式で国民たちが浮き立ち、お祝いムードの中、俺は周囲から目を離すことはなかった。
 いつ命を狙われてもおかしくない。第一王子は、幼い頃病で亡くなり、第二王子は護衛のすきを狙った凄腕の弓使いに毒矢でやられた。
 だから油断できないのだ。

 城内の一室に戻り、俺達護衛は退場しようとする。が、俺だけ王に呼び止められた。
 俺はひざまずき、頭を垂れた。王の靴が見える。普通王は大したことがない用で自ら歩み寄ったりしない。だが、王は俺の頰に手をそえると

「顔をあげろよ。ここには俺とお前の二人しかいない」

 と、くだけた口調で言った。「おもてをあげよ」ではなく――俺は言われるがままに顔を上げる。前に「そんなもったいなきお言葉」と言ったら、目の前の王からお叱りが飛んできたことがあった。また、ついでに二人だけの時は敬語も禁止されている。幼い頃の王が王宮から抜け出して市井に遊びに来た頃に会った時からの友人だからだ。
 平民の出であるはずの俺が護衛隊長にされてるのも、目の前のこいつのはからいだ。

「先代の王のように馬車の中にいればよかったんだ。それなのにお前と来たら、馬に乗ってパレード……まったく、護衛のこっちの身にもなって欲しい」
「いいだろ、べつに」

 王は俺の前であぐらをかいた。

「そもそも顔がわかった方が国民も身近に思ってくれんだろ」
「こっちは、より神経をすり減らさないといけなくなったんだが」
「おかげで飛んできた矢がお前の剣に跳ね返された。それはもう見事だったぜ?」
「見事、じゃないだろう! まったく……」

 自分の主だが、自らの立場を鼻にかけることを嫌うざっくばらんとした人柄だ。

「でも、お前がいてくれたおかげだ。俺は死なずに済んだ。ありがとな、タイチョーさん」

 王は、端正な顔に血筋を裏切る粗野な笑みを浮かべて俺の肩をたたいた。

「わかった。だが、今まで以上に無茶するなよ」
「へーい」

 この高すぎる身分を逆の意味でわきまえないこの無駄に美形な男に俺はため息をついた。

6/21/2024, 12:10:53 AM