たかなめんたい

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『平穏な日常』

カーテンの隙間から差し込んだ朝焼けの光で目を覚ます。そこから少し、布団の中でうだうだと温もりを味わいながら、そろそろ起きるかあと嫌々ながら身体を起こしていく。

冷たいフローリングに足裏が触れると、まだ夢の縁を彷徨っていた意識が少しだけ輪郭を取り戻す。小さくあくびを一つこぼしながら、静まり返ったリビングへと向かった。

洗面台の前に立ち、水道の蛇口を捻る。冷たい水で顔を洗うと、ようやく「今日」というキャンバスの前に立たされたような心地になる。キッチンにある湯沸かし器のスイッチを入れ、お気に入りのマグカップにドリップのコーヒーバッグをセットする。コポコポという湯の沸く控えめな音が、まだ目覚めきっていない部屋の空気に溶け込んでいく。この、誰に急かされるでもない静かな数分間が、私はたまらなく好きだ。

窓の外からは、遠くを走る車の音や、どこかの家で朝食の準備をしているであろう微かな生活音が聞こえてくる。今日という一日に、映画のような劇的な展開や、人生を揺るがすような大事件はきっと待っていない。決まった電車に揺られ、目の前のやるべきことと向き合い、また夜になればこの部屋へ帰ってくる。そんな代わり映えのしない軌道を描く日々を、退屈だと嘆く時期もあった。

しかし、マグカップから立ち昇る湯気を見つめ、一口その苦味と温かさを味わうと、強張っていた肩の力がふっと抜けていくのを感じる。何事もなく朝を迎え、淹れたてのコーヒーを美味しいと感じられること。この「何もない」ことの連続こそが、実は何よりも得難く、精巧に積み上げられたガラス細工のようなものなのだ。

時計の針が、出発の時間を静かに告げている。私は最後の一口を飲み干し、今日という平穏な一日をまた確実になぞるために、玄関のドアを開けた。

3/12/2026, 4:13:41 AM