つぶて

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「たまには恋物語でも読んでみたらどうだ?」

珍しく飲みに誘ってきた兄はそんなふうに話を向けた。
察するに、ミステリなんて殺伐とした本よりも、
純愛ものを読んで刺激を受けろ、と言いたいわけだ。
さらに推せば、お前もそろそろ恋人くらい作れ、と。

「読まないよ。所詮、千円以下の恋愛だろ?」
「本の虫とは思えん発言だなぁ」
「恋愛ものはなかなか感情が入らないんだよね」

自分とは無縁な世界だからだろうか。
純文学の崇高な考え方は読むのに疲れるし、
かといってライトノベルはリアリティがない。

「もっとこう、のめり込める恋愛小説ならなぁ」
「のめり込める?」
「そう。胸を掻きむしられるような物語。燃えるようで、苦しくて、切なくて、恋焦がれるようなさ。なかなか無いんだよね」

兄は息をつき、それ以上は深入りしなかった。


それから数日が経った。
一人暮らしのアパートに一冊の本が届いた。
えんじ色のシックな装丁。タイトルはない。
開いてみると、つらつらと文章が続いていた。

なんとなく読み始めると、次第に目が吸い寄せられていった。恋に悩む男子高校生の純情な恋物語。一輪の花のような女の子に見惚れた所からそれは始まる。心に芽生えた感情に対する戸惑い。それを受け入れる決意。その子の一挙手一投足に心が揺れ、少しでも距離を縮めようとするも、想いはなかなか実を結ばない。会いたいと焦がれる日々。見えない恋敵。一歩踏み出そうにも届かないかもしれない恐怖。ためらい。身悶えする夜。繰り返し夢に見るあの子の姿。ああ、二人だけで話し合えたら。その手を握れたなら。どんなに幸せだろうか。
……

恋焦がれるような青春の日々が幕を閉じた。
俺は顔が火照り、切なく、心焦がれていた。

最後のページに、作者として自分の名前があった。
タイトルは、『日記 』

「…………あう……あっ……うわあああああ!!!」

俺は雄叫びをあげて胸を掻きむしった。



5/18/2023, 1:34:23 PM