【つまらないことでも】
たとえばたいして親しくもない職場の連中との飲み会や、全世界が泣いたなんてキャッチコピーのつけられた後輩オススメの映画の鑑賞。断れないからやっているだけのつまらないことなんて、世の中にはごまんとある。だけど。
――ぱちゃん。水音が跳ねた。自宅の壁面に設置した巨大な水槽。その中で君が楽しそうに真っ赤な尾びれを揺らす。
金魚のようなひれを持つ君は、だけど確かにその顔も基本的な構造も全て人間だ。昔は俺たちと同じように二本の足で地面に立っていた。だけどいつからかひれが生え始め、呼吸が陸ではできなくなり、今ではこうして閉ざされた水槽の中でしか生きられない。
「それで? そのあとどうなったの?」
水槽の向こうから響くくぐもった君の声。どんなにつまらないことでも、外の世界に出ることのできない君は、キラキラと目を輝かせて話を聞きたがる。だから俺は、君に語り聞かせるためだけに、どんなにくだらないと思うことでも積極的に経験するようになった。
君が無邪気に笑っていられるように。水槽のガラス越しにしか空を眺めることすらできない君が、なるべく退屈せずに済むように。つまらない経験を面白おかしい物語へと変えて、俺は今日も声を紡ぎ続けるのだ。
8/4/2023, 9:36:44 PM