伊鶴

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「街へ」


 街へ出かける時は、フードを深く被ってから。
 玄関を出てからすぐには人の顔を見ない――いや、見れない。買い物を手伝ってくれる人を探しないといけないのに、私はいつだって怯えている。とても怖いのだ。

 いつだったか……。
 私が10代に入る前くらいに両親を亡くした。人間たちが起こした、愚かな戦争によって。
 逃げ遅れた私は、人間たちが走っていく流れに押しつぶされそうになった。
 そりゃあ、もう、ものすごい圧力によって。
 私の顔を見た人間は、酷く怯えて、体を突き飛ばした。そして、走り去る人間たちから逃れた私は、近くに爆弾を落とされた。

 それで、まあ……察してほしいんだけどさ、顔が無くなっちゃったのよ。
 酷くただれた肌に、目は腫れてて、鼻は曲がって、唇は火傷で大きく腫れている。髪はボサボサで、服だって何日も変えていない。
 服を買う予算がないから、せめて何日かでいいから、服を貸して欲しい。なんて言ったって、人間は「バケモノ!」と言って逃げやがる。

 戦争のときだって、そうやって人を腫れ物扱いしてさぁ。今更バケモノとか言われても慣れてんだけどさぁ、やっぱ嫌じゃん、普通に考えて。
 復讐でもしてやろうと思って、今のビジネスを始めたんよ。名付けて「人間と買い物作戦」。そのままやんけ、って? 気にしないでくれ。
 そうでもしないと、この顔で生きていけない。税金がどうのこうのじゃなくて、未納でいいから、生きていかないといけない。
 多分、そんな人がいるってことすら、こいつらは興味がないんだろうな。

 そんな風に考え事をしていると、若い男性に声をかけられた。年齢は……20代ちょいくらいか。

「一緒に買い物、しましょうか?」
「いいんですか? この顔でも……?」
「ええ、もちろん!」

 私の顔を見ても、否定しなかった。
 ドキドキと胸が高鳴った。気のせいであってほしい。私が好きなのは、家の中でいい。
 笑顔を向けた彼は、手を差し伸べた。その手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。それが、とても嬉しかった。

 しかし、その後の私は、記憶が途切れている。
 まさか、また街へ出かけたせいで、変なことに巻き込まれたんじゃないか?
 でも、記憶があやふやで何もわからない。一体私は、どうやって買い物を終えて、家に帰ってきたんだろう。
 名前の知らない彼が最後の記憶なら、きっと彼が何かを知っている。なのに、何も知らない私。
 ただただ悔しくて、涙が溢れてきてしまった。

1/28/2024, 11:11:12 AM