インターフォンが鳴ってリビングのモニターを見てみたら、ありえない人が映っていた。
『寒いから開けてよう』
首をすくませコートのポケットに手を突っ込んでぶるぶると震えている彼は正真正銘、私の夫だ。外は薄暗いけど見間違えることはない。でもどうして彼が居るのだ。何かのドッキリにでも仕掛けられてるんじゃないかと思ってしまう。一般家庭なら夫が家に帰ってくる、ごく普通の状況かもしれないが、私にはあってはならない状況だ。何故なら、彼は昨年死んだのだから。
『早くー。凍死しちゃうよ』
もうとっくに死んでるでしょうが。心のなかで突っ込みを入れながら玄関のドアを開けた。
「やぁ」
「なんなのあんた」
「相変わらずドライだなぁユリちゃんは」
よいしょ、と靴紐を解き家に上がる夫(仮)。コイツ、本気なの?
「そんな物騒なもの持たないでよ。せっかく会いに来たんだからさ」
「……何しにきたの。あんた誰」
質問しながら、後ろ手に隠し持っていたフライパンをテーブルに置いた。何か変な真似をしようものならこれで殴りかかろうと思っていたけど、どうやら私を陥れるようなつもりはないらしい。
「今日だけ、時間をもらったんだ」
「時間?」
「そ。大好きな人に会えるキャンペーンに応募したんだ。そしたらその抽選に当たってさ。だから今ここにいるわけ」
ちっとも意味が分からなかったけど、兎に角彼が言うには、限られた時間ではあるがこうして現世に戻って来ることが出来たらしい。
「ほら、来週は僕の命日でしょ?」
「あ、そっか……」
早いもので、彼がもう死んで1年が経とうとしている。少しは気持ちは落ち着いたけど、今日まで彼が私の頭から離れることはなかった。だから今、こうして目の前に現れても“久しぶり”という感じにはならない。
「ユリちゃんに伝えたいことがあって」
私の知ってる笑顔がすぐそこにあった。彼は今、間違いなくここに存在している。私の手を握っている。なのに死んじゃっただなんて、やっぱり嘘だったのかと思ってしまう。
「ありがとう、ごめんね」
「なんで、」
「どうしても言いたかった。言えないまま僕は逝っちゃったから」
これを言いたくて、冥界からはるばる来たと言うの。そういう所、なんだか貴方らしい。生前は、“言いたいことは何でもはっきり言うべきだ”ってよく口にしてたくらいだったよね。白黒つけなきゃ気が済まない、曲がったことが嫌いな人だった。だから今の言葉も、私にどうにか伝えるまでは死んでも死にきれなかったのかもしれない。
「こちらこそ」
そう返事するのが精いっぱいだった。これ以上喋ると色々なものが込み上げそうだった。馬鹿だよね、私も貴方も。もっと生きてるうちに、ありがとうもごめんねも言えるタイミングがあったはずなのに。
でも、こうして伝えに来てくれたことがすごく嬉しい。今日という日を、私はこれからもずっと忘れないから。
12/9/2023, 5:19:31 AM