作家志望の高校生

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僕には特殊能力がある。とはいっても、そこまで強いわけでも、かっこいいわけでもない。ほんの少し先の未来が、夢の中でぼんやり見えるだけだ。しかも、夢だからそんなに長くは覚えていられない。
けれど一つだけ、ずっと昔に見た夢なのに覚えているものがあった。直感で、これは未来である出来事なのだと思った。けれど、それから十年弱が経った今でもその日は訪れていない。
今日の夢もまた、どうでもいいことだった。教室に猫が乱入してくる夢。それだけである。なんともまぁ平和で、夢にしてはつまらない。実際起きるとそれなりに癒やされたが。そんな日の帰り道。僕は、薄暗くなり始めた街の中、喧騒がやけにうるさく感じてメインストリートを1本外れた路地に入った。
そこは、街灯も無い上陽光も届かないから表通りよりずっと暗い。カラスがゴミ袋を啄んでいるのが見え、なんだか不気味だった。
しかし、僕は案外その道を気に入った。落書きがされているわけでもなく、不良が屯していることもない。見た目の割に平和で、しかも人もあまり来ない。おまけに近道。人見知りでお家至上主義の僕にとって、少し不気味なことを除けば理想の道だった。
ここを帰り道にしてしばらくしても何も無かったから、きっと正常性バイアスがかかっていたのだろう。昨日無事だったから、今日も何も起こらない保証なんてどこにもない。僕は綺麗な二度見を決めながら、現実逃避のようにそんなことを考えていた。
見間違いであってほしかったが、見間違いではなかった。路地裏、しかもゴミ捨て場に、人がいる。生きているのが不安になるタイプの体勢で。
「……あ……あの〜……」
控えめに声をかけてみる。しばらく返事が無かったため、僕は怯えつつ携帯で警察を呼ぼうとした。
その腕を目の前の人に掴まれて呼べなかったが。驚いた僕は、女子並みの高音で悲鳴をあげた。
しかし、すぐにそれは止むことになる。腕を掴んだ手の先、見上げた顔があまりにも綺麗だったから。体格的に、たぶん男の人。僕よりずっと背が高くて、すらりと細い。
僕は、その顔を知っていた。
今日は霧が濃い日だった。表通りから差し込む街灯の光と喧騒が、夢のようにぼやけていく。
光と霧の、丁度真ん中。そこに、浮き世離れするほど綺麗な人がいる。
十年前に見た夢が、ついに現実になった。長く長く滞っていた未来が、運命が、カチリと音を立てて動き出す気配がした気がした。

テーマ:光と霧の狭間で

10/19/2025, 8:18:54 AM