紅茶を飲み終わった。
空になったティーカップの底に取り残された出涸らしが、ゆうらりと蠢いている。
もう店から出ねばならない。
真っ白な陶器の皿も、保温のためであろうおしゃれなポットの中身もすっかりからっぽで、あとはくずや出涸らしが手持ち無沙汰に底に溜まっているだけだ。
連れはつい十分くらい前に、捨て台詞を吐いて一人退店してしまった。
店の中といっても外なのだから、感情を爆発させるなんて、周りから注目を集めるような愚かなこと、しなければいいのに、と思う。
けれども、連れは公衆の面前で、一方的に私を怒鳴りつけてから出て行ってしまった。
後を追う気にもなれなかったし、ここの紅茶が存外おいしかったので、私は紅茶を飲み切ることにした。
今日の連れは感情が激しく、何かと人を怒鳴りつける、私の知り合いの中でも、ずば抜けて品のない人だった。
今日も急にこの店に呼び出されたと思ったら、愚痴からいきなり矛先がこちらに向き、わたわたしているうちに怒鳴りつけられて、取り残されてしまった。
しかし、彼が愚かというならば、私は馬鹿だった。
昔から、私の脳はいつも30分と持たず、すぐに言われたことや学んだことを忘れてしまうのが常だった。
それに、私は人の感情ということに疎かった。
だから、今の私には、もう彼が私の何に怒って、何に憤慨していたのか、分からなかった。
でも私は、香りにだけは敏感だったから、目下の楽しみの紅茶を楽しむことにしたのだった。
紅茶は美味しかったし、スコーンもよくあったし、白い陶器のティーカップはすべすべと美しかった。
私はティーカップを持ち上げて、紅茶の出涸らしを動かして少し遊んだ。
それから、忘れないように財布と伝票を握りしめて、レジに向かった。
ティーカップはすべすべで白くて、紅茶の香りを纏っていた。
私は店員さんに声をかけた。
紅茶を飲み終わった。
11/11/2025, 10:43:59 PM