【またね】
いつもの丘に君は来なかった。
夕暮れ時、いつもここで二人で会って話をしていた。
空が橙になるこの時間だけ時空が歪むらしいこの場所で、僕たちはたまたま知り合った。
互いにこの丘で夕日を見るのが日課だった。話していく内に打ち解けて、生きる時空が違うことも知った。
僕たちは色んな話をした。互いの時代のこと、流行っていることもその日の出来事も、たくさん話した。
しかし、名前だけは明かさなかった。二人で話すこの時間が、互いの人生に干渉しないようにするために。
「俺さ、もうここに来れないかも」
ある日君は言った。僕は驚いて固まってしまった。
「なんで?」
「引っ越すらしいから。もう会えないな」
そっか、とすら声に出せなかった。どこに引っ越すのかと本当は聞きたかった。でも聞かなかった。
「話してて思ったけど、俺たぶんそっちからしたら未来人だよな。」
薄々気づいていたことを打ち明けてきた。
相手もきっと僕のことを探したくて、名前を聞こうとしたんだと思う。でもそれを我慢してるように見えた。
「きっとまた会えるから。」
僕は無理やり話を切り上げた。
二人で祈るような「またね」を言って解散した。
それからその丘に君が現れることはなくて、僕もその内行かなくなった。
数十年後、普通に人生を歩んだ僕は結婚して子どもができた。大切な一人息子を見て分かってしまった。
子どもの頃の不思議な丘での思い出のオチを。
「またね」は果たされたわけだ。
8/6/2025, 11:13:08 AM