かたいなか

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時間が止まれば物体も止まるのに、
物体が止まっても、時間の全部は止まらない。
ちょっと不公平な気がします。
つまり、物体としての私がベッドで毛布にくるまって静止していても、
朝はちっとも待ってくれないし、遅刻スレスレは遅刻スレスレ。
時は、時を止めてくれないのです。
と、いう理不尽は置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。

昔々、約40から100年くらい前のおはなし。
「ここ」ではないどこか、妖精や魔物が普通に存在している世界の某国で、
誰よりも強く、誰よりもその世界を愛する、優しいドラゴンが住んでおりまして、

今回のお題回収の関係で、
まさかの脱皮をする習性を持つドラゴンでして、
なんと、このドラゴンの脱皮した皮に、
その国の人々は、「時を止めて」、あるいは時を戻して若返らせてくれるような、
不思議な、神秘的な、金銀財宝にも代えがたい薬としての用途を、見出しておったのでした。

『ああ、身体がダルい。そろそろ脱皮の時期だ』
ぽりぽりぽり、かりかりかり。
老化の時を止めてくれる(と人間に信じられている)ドラゴンは、36年に一度のサイクルで、
古い皮膚を脱ぎ捨てて、新しくそれを再生します。

『あの場所へ、 いつもの場所へ向かおう』
のしのし、のしのし。
死に向かう時を止めてくれる(と人間に期待されている)ドラゴンは、自分の本能に従って、
敵に攻撃される心配の無い、静かなお気に入りの洞穴を目指して、翼を畳んで歩いて行きます。

洞穴に誰も、何も居ないことを匂いで確認すると、
ドラゴンは穴の奥底で丸くなって、うずくまって、
そして、脱皮が始まる「その瞬間」を、
静かに、待つのでした。

ところで大勢の人間は不死不老健康長寿をだいたい求め続ける傾向にあるものでして。
老化の時を、死に向かう時を止めてくれる神薬があれば——それを授けてくれるモノが居れば、
そのモノを神として祀り、祭りを為して神薬を頂き、人間の最高権力者に、神薬を奉るのです。

36年に1度の脱皮サイクルをちゃんと覚えておった、祭祀の関係者数十人は、
ドラゴンが脱皮のために、いつもの洞穴に入ると、
別にドラゴンがそれを望んだでも、頼んだでもありませんが、洞穴の入口を飾り付けて結界を張り、
トンテンカン、とんてんかん!
舞を奉納するための舞台だの、音楽を奏上するための舞台だの、なにより屋台と屋台と屋台を、
手際よく、4時間で建ててしまいました。

「我等の死への時を、止めてくださるドラゴン様」
ドラゴンが昼寝をしようとしておった頃に、
洞穴の入口の真ん前から、権力者の声がしました。
「どうぞ今年も、我等に、時を止めてくれる神薬を授けてください。 どうぞ今年も我等に、あなたのチカラを分けてください」

権力者の形式上の懇願が終わると、
ピュイーほろろ、ピュイーほろろろ。
祭司長が笛を吹いて、なにやら曲を奏でました。

『俺の脱皮した皮など、勝手に持っていけ』
あふわわ。 ドラゴンは脱皮の前なので、身体がダルくて、眠くて眠くて、 コテン、すぴぃ。
だいたい2日かけて脱皮して、
脱皮したてのドラゴンの身体は、鱗は、皮膚は柔らかくてプニプニなので、
5日ほど洞穴の中にこもって、皮膚が硬さを取り戻すのを待つのです。

で、その間、人間たちは時を止めてくれるドラゴンの洞穴の前で、歌って踊って、見張りをして、
そして、時を止めてくれると信じられているドラゴンの脱皮した皮を、ドラゴンから貰うのでした。

「ぐるる ぐぅ すぴぃ ぐぅ ぷしゅるる」
なお、ドラゴンが脱皮した皮に、本当に時を止めてくれる薬としての成分や魔力があるかどうかは、
まぁまぁ、そこは、文字数、文字数。 おしまい。

11/6/2025, 9:53:26 AM