《踊り子》
シャラン シャラン シャラン…
うねるように下へ広がった、艶のある黒髪。
白魚のような手には、神々しい、また、怪しい光を放った鈴。
雪のような肌。
ぷるんとした唇には、淡い色の紅が刺されている。
瞳は、吸い込まれるような深い緑。
歳は、十三、四頃だろうか。
その初々しい顔に巫女服が馴染んでいる。
彼女の名は、嘉山蝶。
今、彼女____蝶は、自分の曾祖父さまのための御祈祷を行なっている。
祈祷を完成させるにはいくつかの条件がある。
その一 密室で行うこと
その一 他者には決して見せないこと
その一 心を無にして行うこと
その一 五日間、声を出さないこと
その一 五日間、何も口にしないこと
蝶にとっては、最後の条件意外は、簡単に満たすことができる。
五日間何も口にしない、というものは本当に難しい。
"祈祷"といっても、座ってただ祈る_____というものではなく、かなり激しい踊りをしなければならない。
当然、激しい運動すればお腹も空くし、喉も渇く。
何も口にしない、というのは、なんとも鬼畜なものなのだ。
今日は、その祈祷の最終日。
これまでより少し気合を入れて踊る。
これが終われば、普通の娘の幸せを手に入れられる…‼︎
シャラン シャラン シャラン…
しかし、この日_______
蝶は、他者には決して見せない、という条件を満たすことが出来なかった_______
見てしまった。
見てしまったのだ。
少し____一寸ほどあいた、襖の間から覗く、子供の目が。
純粋な光を宿した_____興味津々な子供の目を______
見てしまった。
その瞬間、心の中の"何か"が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
今までの努力はなんだったんだ。
曾祖父さまのために血の滲むような努力をしたというのに。
生まれてから、曾祖父さまを蘇らせるために修行を強いられて。
人生をぐちゃぐちゃに踏み躙られて。
でも、いつか解き放たれると信じて、今まで頑張ってきた。
でも。
今。
今。
全部水の泡になった。
また一からやり直しだ。
これが終わったら、普通の娘として、恋をして、幸せな家庭を築いて…
そう、夢見ていたのに…‼︎
修行は十年かかる。
今は十四。
この世で、結婚する平均年齢は十五とされている。
行き遅れ。
あまりもの。
十五を超えるとそう言われる。
結婚できなくなる。
夢が。
幸せが。
崩れていく…
グラッ
視界が傾いた。
頬に床の冷たさが感じられる。
今ではもう、それさえも暖かく感じられてきた。
そっと、窓から神々しい光を放つ満月をみる。
月と桜が重なって、とても美しかった。
外ではまるで、そんな私を嘲笑うように桜の花びらが踊っている。
お題 踊るように
9/8/2024, 7:30:12 AM