かたいなか

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都内某所、某アパートの一室に、
夜空を越えて、そして複数の県境をまたいで、実家からクール便の荷物が届きました。

「良い香りだ」
部屋の主は藤森といい、風吹き雪降る田舎の出身。
藤森の部屋に届いたのは、雪国では一般的に、多かれ少なかれ栽培されている、リンゴ。
みずみずしい赤と黄色は、どれも上から下まで均等に色がのって、とっても美味しそうです。
「おっ。出たな。ぐんま名月」

甘酸っぱいシャキシャキのふじに、
酸味より甘味のシナノスイート。
いつかどこかの番組で知名度を上げたぐんま名月に
今では知らない人が少ない王林。
赤2種に黄色2種の、食べ比べセットがぎっしり。

藤森の部屋に送られてきたリンゴは、量が毎度毎度、いっつもいっつも多いので、
届けばその都度、季節の花の写真撮影で世話になっている稲荷神社に、お裾分けに行きます。

稲荷神社の巫女さんは、藤森が日頃利用しているお茶っ葉屋さんの店主の身内さんなので、
藤森からリンゴを受け取ると、
代わりにお茶っ葉をサービスしてくれたり、ついでに神社の御札を分けてくれたり。

お裾分けしたリンゴに少しでも傷など付いておりますと、その傷からリンゴの甘いあまい、良い香りが出てゆきますので、
稲荷子狐がダッシュでばびゅん!狐尻尾を爆速で振って駆けつけまして、
特に甘味の豊富な品種のリンゴを、はやく切れと、キャッキャキャ、ギャギャ!キャンキャン!
藤森にせよ、巫女さんにせよ、ねだるのでした。

ところでその日は子狐の他に
世界線管理局なる組織の法務部局員が2人、
夜空を越えて、はるばる空路で来たとのこと。
そのうち上司の男性がリンゴについて完全無知。
何も、本当になにも、知りませんでした。

ほーん。
雪国出身の藤森、上司さんを見て言いました。

…——「まず、赤い方から」
しゃり、しゃりっ。
赤いリンゴに果物ナイフを当てて、フレッシュなチーズを薄く一切れのせまして、
藤森、上司さんに一切れ差し出しました。
「これは、ふじです。どちらかというと酸味が主役のリンゴで、タマネギとのフレッシュサラダにも、合うといえば合う品種です」

はぁ。 そうか。 上司さんは小首を傾けて、チーズをちょいとのせた赤リンゴを、
つまもうとしたところで子狐がバクッ!
しゃくしゃく、しゃく、しゃく。こやこや。

「……もう1個作ります」
「いや、良い。あとで一気に貰う」

「同じ赤ですが、こちらは味が違います」
しゃく、しゃくっ。
別の赤いリンゴに果物ナイフを当てて、今度は適温に溶けたバターと一緒に表面だけ炙って、
藤森、上司さんに一切れ差し出しました。
「これが、シナノスイートです。甘さが主役で、アップルパイがよく合います」

はぁ。 なるほどな。 上司さんが小首を、
傾けた頃にはもうその場所にリンゴが無い。
しゃくしゃく、しゃく、しゃく。こやこや。

「……」
「俺よりそいつに皮剥いてやってくれ」

リンゴ、リンゴ、りんご!
2回もリンゴを失敬して、オサレアップルを堪能した子狐は、どちらかというとシナノスイートの方がおくちに合った様子。
キラキラした目はそれこそ、夜空を越えて光る、流れ星だか流星群だかのようだったとさ。

12/12/2025, 9:58:40 AM