小悪党は聖人に淘汰され、聖人はド悪党に切り伏せられ、そのド悪党は小悪党に足を掬われる。
壮健な軍馬に跨った若い少将には、それが世の中の真理だった。
彼は生まれ祖国の命を受けて、つい最近、我が祖国となったばっかりの、この辺鄙な新領に生きていた。
祖国の軍門に下る前、この地は「光と闇の狭間」と呼ばれていた。
この離島の地を率いていた、魔術師が名付けた名前だった。
実際、この地は光と闇の狭間であった。
光の人間世界と、闇の死霊の世界。
この地はその二つの世界の狭間にあって、しかもこの二つの地を繋いでいた。
いわばこの地は、光と闇の狭間で、両世界の門でもあった。
そのバランスを見ていた門番こそが、この地の元支配者、魔術師たちだったのだ。
しかし、無慈悲な彼の祖国は、元支配者の存在を許さなかった。
管理者を失ったことで誕生した、光と闇の狭間の世界は恐ろしいものだった。
魔術師を失ったこの地は荒れ果てた。
闇の世界からは死霊が溢れ、光の世界は恐怖に慄いて、人間たちの仲間割れまで発生した。
争いが争いを呼び、この地はすっかり、戦場に成り果てていた。
小悪党は聖人に絆され、罪悪感と罪の意識で善の方向へ足を踏み外して消えていった。
聖人はその誠実さと論理的思考故に、そのどちらも気にしないド悪党に担がれて、ボロ切れのように捨て置かれた。
ド悪党は強者であるが故に、眼中にすら入らない小さきことを拾い上げた小悪党に、足を掬われて崩れていった。
死霊にも聖人はいたし、当然だが、人間にもド悪党はいた。
しかし、どの人物も何かしら敵や弱点があって、一瞬の隙をそれらに晒したら最後、消えていった。
彼が来たのはそういうところだった。
だからこそ、彼は少将という立場にしては些か悲観的なその理論を、真理だと確信していた。
そして彼の掴んだ真理は、こんな光と闇の狭間で最も役に立つ教訓であり、日常に訪れる数々の悲劇を俯瞰で処理してくれる理性でもあった。
彼はその考えのために、今の今までここで生き延びてきた。
荒み切った世界の中では、冷徹な理論がまさしく、光と闇の狭間で生きていくために、欠かせないピースであった。
光と闇の狭間で、少将は凛とした姿で佇んでいた。
強い真理を心の支えとして持つ彼には、ある種の自信が満ち溢れていた。
軍馬に背筋を伸ばして、光と闇の狭間の世界を見下ろす若い少将には、生命力が溢れていた。
ツッ…
その溢れるばかりの絵画のような世界を、切り裂くようにそんな音がした。
精悍だったはずの雄々しい軍馬が、目を剥いて狂ったように棒立ちになり、余裕と生命力に満ち溢れていた少将の体がぐらり、と傾いた。
そのまま、彼の体は滑るように地面に落下した。
岩肌の凹凸が光と闇とを作り出す、岩場の地面に。
光と闇の狭間で、少将は静かに呻き声をあげた。
馬が、足を折り崩した。
島は、争いと死の騒がしさに満ちていた。
12/2/2024, 2:01:36 PM