「淹れすぎたから。」
両手に持った珈琲の一つを君の手元に置いた。
「ありがとう。」
君はそれをほんの一口飲むと、いまだに埋まらない白紙との睨めっこを再開した。
ポーン。
時計の針が一周する合図。君の耳には届いているのだろうか。
ギィ、ギィ。
いつまでも腰掛けられている椅子の背もたれが、悩ましげに揺れる。
僕はここ数日、この音ばかり聞いている。
君の凝り固まった背中と、皺の寄せられた眉間ばかり見ている。
「一仕事終えたから休憩するけど、君も一緒にどう?」
うん。とも、ううん。ともつかない曖昧な唸り声が返ってきた。
君はまだ振り返らない。
はあ、全く。
僕も背を向けて、ドアノブに手をかける。
扉を開けると、ふわりと甘い香りが部屋に舞い込んだ。
「えっ!?」
驚く声と共に、勢いよく椅子から立ち上がる君。
「そろそろ焼けるみたい。レモンケーキ。」
隈の広がった目が、途端に子供のように輝き始めた。
僕は君の肩の力を抜く方法を知らないけど、
君が飛び跳ねるほど喜ぶ方法は知っている。
なに、僕も久しぶりに食べたいと思っていただけだ。
3/31/2024, 7:15:04 AM