与太ガラス

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 人生は空虚だ。毎日が会社と家の往復。休日は寝るだけ。動画サイトとスマホゲームに少しばかりの快感と時間を吸い取られる日々。気がつけば会社に勤めて10年が飛ぶように過ぎていた。

「え?サヤ、結構まいってる感じ?社会人つらくなってきた?」

 中学生からの親友マキエとお茶をしている席でそんなことを吐露してしまった。やっぱり疲れてる。

「あんたってさ、音楽のライブとか、見に行ったことない?ライブハウスでもフェスでもいい」

「え、ないけど。でもそんなの…」

 別にライブに行かなくたって、音楽は聴けるじゃん。サブスクだって入ってるし、音楽の趣味がないわけじゃない。

「あとは、カラオケとか、そう!スポーツ観戦とか」

 ますますなにを言ってるのかわからない。娯楽?家じゃなくて外に出ましょうってこと?

「なに?私がインドア派すぎるって言いたいの?」

 思ったより語気が強くなってしまった。

「違う違う、そうじゃなくて。ダンスだよダンス!あんたに足りないのは踊ること!」

 正解が出てもやっぱり理解できなかった。なんで私この子と友達だったんだっけ。でも相談してるのは私だ。

「私たちの世代って、踊ることを学んで来なかったと思うの。ほら、今は学校の授業でもダンスって必修でしょ?昔なら盆踊りだったり、フォークダンス?だったり。生きていれば通らざるを得ない踊りがあったんだよ」

 なんかアカデミックな話し方で持論を展開している。面白そう。

「でも私たちは、求めに行かなきゃ経験できなかったの。踊りを。踊ることが当たり前じゃなかったんだよ」

 それに日本人は平均的に踊る時間が少なすぎるっていう統計も出てるらしいという分析まで出してきた。

 私は夏祭りの盆踊りもなにが楽しいんだろって思いながら眺めてたし、キャンプファイヤーの周りを手を繋いで回るのとかもドラマでは見るけど私の世代ではやったことない。ましてや体育の授業でやったことも。

 踊るのが人生に必要だなんて思ったことなかった。

「で、踊るのって必要なことなの?」

「んー。ダンスをすると幸せになる」

 雑だなぁ。

「少なくともあんたのその人生の空虚?それがどっかに吹き飛ぶ」

 それって現実逃避じゃ?あ、でも、この悩みを最初に話したの私だった。

「でも踊るのって…その…怖いし」

 我ながら臆病すぎる。語彙力小学生か。

「なにもいきなりクラブに飛び込まなくたっていいの。家で好きな曲に合わせて手足を動かすでもいいし、ひとりカラオケで振り付きで歌うのもいい」

 ああ、なるほど。妙に納得してしまった。

「と、いうわけで…」

 え?

「今から私と踊らない?」

「え、ちょっと、どこに?」

 言いながら強引に席を立たせてくる。

「カラオケカラオケ♪ まだお昼だから安いから!」
「いや私、歌うのも…」

 苦手だ。カラオケなんて歌ったこともない。

「私がサヤの知ってる曲歌うから!それに合わせて適当に踊ってみて!それでじゅうぶん!」

 流されるのは好きじゃない。けど、私のことを想ってくれてるのはわかる。こういう友達がいて、良かったな。

10/5/2024, 1:42:37 AM