sairo

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地面に広がる、散った花びらの残骸に視線を落とす。
誰も気にかけることのない、薄紅色の花びら。目を留め、誰もが美しいと称えた花の成れの果てに、空しさが込み上げる。
仕方がないことだ。そう理解はしている。来年花を咲かせれば、ここはまた賑やかになることだろう。去年も、その前の年も、何年も繰り返してきた。
そういえば、と思い出す。去年も同じような光景を目にして、まったく同じことを考えていた。次の年こそはと思いながら、結局変わらない自身に溜息が漏れる。
このまま変わることはないのだろう。緩く頭を振りながら、幹に手を触れる。
誰にも気に留められないと嘆くくらいならば、眠ってしまった方がいい。そうすれば一年など、瞬く間に過ぎていく。
寂しさから目を逸らし、閉じようとした時だった。

かさり。
草を踏みしめる軽い足音がした。
視線を向ける。近づく子供の姿を認め、目を瞬いた。

「きれい……」

笑みを浮かべ、子供はそっと足元に散らばる花びらを拾いあげる。腕に抱えた瓶の中に花びらを入れ、陽に透かして飽きることなく見入っている。
不意にその目が、花が散り、葉だけになった枝に向けられた。
青々とした葉の合間から陽の光が差し込んでいる。目を細めながら歩み寄り、子供は幹を背に座った。

「きらきらしてる。とってもきれい」

丁度、自分の隣。大切そうに花びらを入れた瓶を抱き、木漏れ日を見上げる子供の横に同じように座りながら、その幸せそうな微笑みを無心で見つめた。
木漏れ日よりも煌めく瞳。花が咲き乱れていた頃、誰しもが花を綺麗だと言ってはいたが、それらの言葉よりも自分の中に響いた。
無意識に笑みが溢れ落ちる。嬉しくて、そっと枝葉を揺すり音を立てた。

「すてきな音……本当に全部がきれい」

そんなことを言われたのは初めてだった。そもそも花以外を褒められたことは、覚えている限り一度もなかったように思う。
不思議な子供。たとえ今日だけの出会いだとしても、寂しかった自分には十分すぎる程幸せをくれた優しい子。
そっと葉を揺らし、子供の元へ一枚落とす。

「葉っぱ?」

葉を手に取り、まじまじと見つめる子供を笑みを浮かべながら見つめる。
精一杯の加護を込めた葉。気に入ってくれるだろうか。

「なんだか、桜さんがわたしにくれたみたい」

ふふ、と子供が笑う。瓶の中に葉を入れて、立ち上がった。

「ありがとう!大切にするね!」

見えてはいないだろうに、こちらに視線を向けて子供は礼を言う。笑顔で手を振り、駆け出して去っていってしまった。

そっと幹に手を触れる。先ほどまでいた子供の温もりを確かめるように目を閉じる。
ほんの一瞬のできごとだった。しかし何よりも優しく煌めいていた時間に穏やかな笑みが浮かぶ。
また来年。そう呟いて、眠りについた。



しかし、その眠りは次の日までのとても短いものだった。

「今日もきれいね」

にこにこと子供が笑う。それに答えるように葉を揺らす。
あれから毎日のように訪れるようになった子供。最初は戸惑いもしたが、今ではこの時間が当たり前のようになってしまった。
決して賑やかではないが、とても温かな時間。それはいくつもの季節が過ぎ、何度も花を咲かせ散らした後も続いている。

子供はいつしか可憐な少女になり、少女は時と共に美しい女性となった。
腕に抱いた瓶はいつからか一冊の本に変わり、けれどあの日渡した葉をいつも本に挟み、常に側においてくれていた。

「とてもきれい。まるで神様が宿っているみたい」

本を閉じ、差し込む木漏れ日に目を細め彼女は笑う。気恥ずかしさを感じながら、神様ではないけれどここにいるのだと、小さく呟いた。



そしてまたいくつか季節が廻り、彼女はある一人の男性を連れてきた。

「ここが私のお気に入りの場所なの。とても素敵でしょう?」

そう言って、彼女は幹に触れ微笑む。その言葉に、男性は目を細めて幹や枝葉を見て、優しく微笑んだ。

「そうだね。とても立派で美しい木だ」

褒められて、落ち着かなくなる。
ざわざわと枝葉を揺らし、そして彼にもまた加護を込めた葉を一枚落とした。

「おや。まるで桜が葉をくれたみたいだ」
「私も昔、貰ったのよ。とても大切なお守りなの」

微笑む二人の距離が近づく。
慌てて目を逸らしながら、密かに二人の未来を祝福した。



それから彼女と彼が訪れるようになり。
そしてそれは月日と共に彼女たちの子供たちや、またその子供たちも訪れ、ここはとても賑やかになった。
年老いた彼女は、けれどいつでも子供のように目を煌めかせ枝葉を見つめている。辺りを駆け回るひ孫たちのはしゃぐ声を聞きながら、優しく微笑んだ。

「幸せな人生を、ありがとうね」

幹を背に、小さく呟かれた言葉。
こちらこそ。そう返そうとしたが、彼女は穏やかな眠りについてしまっていた。

強く風が吹き抜ける。その風に葉を散らし、彼女の周りに降り積もらせていく。
ざわざわと騒がしい周囲の声を聞きながら、彼女の隣で幹に手を触れ目を閉じた。

幸せな時間をありがとう。
遠ざかる声を聞きながら、彼女へと感謝を告げる。

今年で最後だ。
来年は花を咲かせることも、葉をつけることもないだろう。

ふふ、と笑う声がした。目を開ければ、初めて出会った頃の彼女がいた。
手を差し出される。
その手を取り、落ちた葉が作る道を共に歩いていく。




20260417 『桜散る』

4/19/2026, 8:25:49 AM