けろぴこ

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 朔太は机に広げたノートをぼんやりと眺めていました。
 口をとがらせ、かかとを踏んだ上履きの足をむずむずさせながら、朔太は雲の多い空を睨みました。物語を読む国語の授業は好きでしたが、詩の授業となると毎回うまくいきません。
 先生は「感じたことをそのまま言葉にして書いてみましょう」と言いましたが、朔太にはそれがよく分かりませんでした。
 朔太の頭の中には、楽しいことを考えるときも、いやなことを考えるときも、言葉なんて浮かびません。朔太はいつもテレビの画面みたいにものを考えているからです。

 みんなの鉛筆が文字を書く音や、消しゴムが紙の上で行き来する音、誰かが鼻をすする音、教科書を落とす音が次から次に聞こえてきます。
 朔太の頭ではぐちゃぐちゃに絡まった薄紫色の糸が、その音に合わせながらうねうね転がりまわるばかりでした。

 突然、ざわわっという音と共に、朔太の頭の糸玉が吹き飛んでいきました。
 中庭の大きな大きなクスノキが、風に吹かれて葉っぱを揺らした音でした。風は太陽に掛かっていた雲も流し、教室に陽が差しました。
 朔太のノートに、クスノキの葉の影が落ちました。
 ざわわ ざわわ 影が揺れます。

 朔太は急いで鉛筆を握ると、ノートの上の葉っぱの影をなぞりました。
 葉っぱが揺れるたび、影が動くたび、それを追いかけ追いかけ、何本も線をひいていきました。
 
 朔太はプールの底の、ゆらゆらする光のことを思い出しました。
 お母さんが作ってくれた誕生日ケーキの、てっぺんのクリームを思い出しました。
 廊下の隅っこで見た大きなゲジゲジの脚を思い出しました。
 おばあちゃんちのポメラニアンが嬉しくてぐるぐる回る姿を思い出しました。
 友だちの陽斗のつむじを思い出しました。

 出来上がったたくさんの線は、朔太の気持ちそっくりでした。
 朔太はにんまりしながら、クスノキの葉っぱと一緒に体をゆらしました。




『木漏れ日の跡』

11/15/2025, 12:42:50 PM