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【夏】

夏休みと期末テストとの僅かな、放課後の部活動。
僕は外のデッサンとしてグラウンドの隅にいた。

元々体が弱いのもあって、何度も入院を繰り返した。そのときに心の支えになったのは、自由帳とクレヨンだった。
母と父は僕の前ではいい顔をして、心配したり笑かしたりと気を遣ってくれた。でも僕は知ってた。医療費が高くなりつつあって、それについて色々と喧嘩しているのを。だからその居場所が無くなる感覚を忘れるために、真っ白な自由帳を開いてはクレヨンで描きなぐっていた。
いつしか体調も良くなった頃には喧嘩していた父と母は安堵していて、申し訳なくて潰れそうだった夏を今でも忘れていない。

夏の香りはどの季節よりも濃い。
僕はそんな夏が嫌いだ。

木陰の中で野球部のバッターがよく見える位置に座る。この学校のエースが素振りをしているのが見える。エースの名前は、きょうへい。
実は幼き頃に病院で出会ったことがある。
『おれ、つよいバッターになるんだ!』
と今と変わらない笑顔で宣言していた。
その後、僕が先に退院してしまったこともあってどうなっていたかは分からなかった。しかし入学式のときに、同じ教室であの変わらぬ笑顔でいる彼を見つけたとき心底驚いたものだ。

「本当に、変わらないね…」

模擬練習だろうか、こちらに背を向けて立ったきょうへいの姿をしっかりと目に焼き付ける。そして膝元にある真っ白なページに、焼き付けた姿を描いていく。
逆三角の背中、太く筋肉質な太もも、柔らかに動く両腕……カキーン!響いたとき、構えた姿のきょうへいが紙の中に現れた。自分の中々の出来に、口元が緩む。

きょうへいは僕を覚えているのだろうか?

描き終えた背中にそっと触れたとき、
近くからポスッと音がして顔を上げた。

「みずき!」
「、え?」
「そこのボール、投げてくんね?」

きょうへいがこちらを見て、指を指した。
そこには野球ボールが落ちていた。
それよりも、、、

「覚えて……」
「ん?」
「僕のこと、覚えてるの…?」
「あったりまえだろ!」

にっと笑う、その顔に胸が張り裂けそうだった。
ドクドクと波打つ心臓を抑えつつ、落ちたボールを拾って少し高いぐらいのフェンスを超えるように投げた。

「さんきゅ、みずき!」
「どういたしまして…?」
「へへ、みずきがまだ絵を描いていて嬉しいよ」
「それは、きょうへいも」
「そりゃ世界目指してるしな!」
「あの頃と変わらないね」
「みずきの絵もあの時から上手かったけど、今じゃ国内での審査に出てるって聞いたぞ。」
「たまたま、だよ」
「努力の結果だろ?そんなふうに言うなよ。俺は嬉しかったんだぜ?」
「…そうだね」

居場所を求めて描いた絵に価値はあるのだろうか?
ただそう思うしかなかった。
幼き頃の自分を否定されたくないと思う気持ちもどこかにあって、全国に出るとて素直に嬉しいとは思えなかった。

「なぁ、今度うちに来いよ」
「え、!?」
「話せなかった時間に話したいことが増えてさ、もう溢れそうなんだよ。だから今度の部活休みの日に」
「…分かった」
「…お前だけだったから、あの時から応援してくれたのは…」

ビックリして固まっていると、遠くからきょうへいを呼ぶ声がした。よく通る声で返事をしたきょうへいは、「また明日な」と背を向けて走っていった。

夏の風はいつも一瞬だった。
でもその一瞬を忘れることは出来なかった。
あの幼い頃の思い出も、また。

「今年の夏は、ちょっと好きになれるかな」

こめかみを一筋の汗が通った。

6/28/2024, 3:32:35 PM