モダライ

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「大丈夫ですか?」
中学生時代、後ろ指をさされ笑われる俺のことを助けてくれた、唯一の存在。
その時も、いつもみたいにいじめを受けていた。誰もが見て見ぬふりをし、嘲笑う中で、彼女だけが俺に手を差し伸べてくれた。そんな彼女は飄々としていて、周りの人たちは呆気に取られたような顔を浮かべていたことを覚えている。
少し籠ったような高い声。
いじめっ子たちにメガネを取られていたからというのもあるけど、何よりも眩い逆光に照らされていたから、ぼやけた輪郭しか視認できなかった。
名前も学年も、顔すら知らない人。逆光にぼんやり縁取られた輪郭とあの声だけが、俺の記憶に色濃く残っている。

俺はあの時、恋に落ちた。

恋人のいる奴らは、浮気だの束縛だのよくほざいていた。一時の昂り、いつか消えてしまうそんな恋情に踊らされて、支配欲が湧くなんて馬鹿馬鹿しいと思う。そう思っていた。
奴らの感情を理解出来てしまう状況がくるなんて夢にも思わなかった。
支配欲。独占欲。依存。劣情。背徳感。高揚感。
今や彼女を想わない日はない。彼女のことを、何も知らないくせに。感情だけが一人歩き。
この虚しさを埋めるために…俺は彼女のストーカーになった。
我などとうに忘れ、自制心も失われた。そんな俺にはもう、彼女のあとをつけるくらいしか、それしか生き甲斐が。
天誅だろうか。程なくして彼女は、どこかも分からない遠い遠い場所へ、引っ越してしまったのだ。


……


「お疲れ様です」
同僚に挨拶をして職場の裏口のドアを開ければ、少しひんやりとした風が髪を靡かせた。
夏といえど八時近くにもなれば、街頭を頼りに歩きだす程の薄暗さに街は包まれる。スマホをバッグに仕舞い込み帰路につく。
今日は気配、感じないな。
気のせいであって欲しいが、一ヶ月程前から、夜道を歩く度に毎回、背後に視線を感じるのだ。もともと幽霊とかそっち系が苦手だから過敏になっているだけかもしれないと当初は思った。今もそう思いたかったが、一ヶ月もその状態が続けばさすがに、私をつけている存在がいるかもしれない、ということを危惧する。足早に大通りを抜け、住宅街の路地に入る。
「やっぱ、お母さんに迎えに来てもらえば良かったかも……」
以前、このことを相談した時から、母は「仕事送ってってあげようか?」と頻りに聞いてくれる。その度、心底心配そうな表情を浮かべる母に迷惑をかけたくなくて、「大丈夫だよ!」と無理矢理に笑顔を繕って答えた。
今日はまだ、いつものようなあの気味悪い視線は感じない。少しほっとした。
中学生の頃からここに引っ越してきて、大体十年が経ったからか慣れたこの風景。この先の通りを左に曲がってそこを真っ直ぐ行けば、突き当たりが私の家だ。歩く速度を速める。ピンヒールをかつかつ鳴らしながら、このまま何も起きませんように、とバッグの持ち手をぎゅっと握りしめた。
左に曲がる。立ち並ぶ家々に、沈みかけた太陽の光が滲んでいる。家はもうすぐ。
その時。少し遠くに誰かが立っていた。背は高く、恐らく男の人の影だ。彼は、ズボンのポケットに手を突っ込んで、俯いている。もしかして、もしかしない、よね…?
一歩一歩、歩みを進める。
大丈夫、絶対大丈夫と自分に言い聞かせる。
あっという間にその人の目の前だ。横を通り過ぎようとした時、その男の人は、ゆっくりと顔を上げた。
妙な既視感を覚える。なんか、どっかで見た事あるような……。
「ふふ」
彼は、気味の悪い声で笑う。全身が粟立つ。一瞬にしてわかってしまった。
「え、あ、す…すと…」
絶対逃げ切れると自信をもって歩いていた。それがどうだ。地面に尻餅をついて、冷や汗をだらだらかいて、男の人を見上げるだけ。呂律も上手く回らず、涙を必死に堪えるだけだ。無力。頭の中では逃げろと警鐘が鳴っているのに、体が鉛のようで、思うように動かない。
「みつけた」
そう呟いて、私をしっかり見つめる彼。手が私に向かって伸びてくる。幸せそうに、でもどこか寂しそうな笑い声をあげるその男の人の顔は、逆光に照らされていて、うまく認識できなかった。あ、待って、さわらないで、やめ

「逆光」

1/25/2023, 9:56:38 AM