NoName

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朝起きたら、妙に頭がスッキリしていた。
お肌の調子もいいし、なんか身長も何センチか伸びた気がする。
どうやら深夜、ver6.3にアップデートされたらしい。
感情処理速度もフェイク判別機能精度もアップしたのを感じる。
ストレス耐性バランサーはアップデートのたびに強化されてる、ありがたい。
黒歴史の圧縮機能も実装されたらしい、でも完全に消去できるようになるのは、まだまだ先かな。
それでも、今回は課金しただけある。いい感じだ。

うーん、おはよう……と隣で寝ていた彼が起きる。
嘘でしょ、やば。
この人まだver5.9じゃない。
そういえば、前に「アップデートの通知、ウザいから切ってんだよね」とか言ってたっけ。
ああ、もう。
私なんて見る目ないんだろう。この人、置いていかれる側じゃん。
「今日、何する?」と私を抱き寄せようとする彼の手をするりと抜けた。
ver4.2だった時は、あんなに魅力的だったその仕草が今は鬱陶しくてたまらない。
……ごめん、こんなこと思うなんてversion差別だ、最低だ私。
旧versionの人には思いやりを持って接しなきゃ。
ってさすがだわ。早速、マイクロアグレッション検出機能が仕事してる。
無自覚な偏見を即座に感知、適正モードにしてくれるのね。
どうした?と戸惑う彼に私は言った。

「昨日、私アップデートしたの」
「え、アップデート?」
「だからごめん」
「え、何が?」
「……やっぱり処理速度遅いね」
「は?」
「私たちもう、一緒にいない方がいいと思う」
「何だよそれ、何で急にそんなこと言うんだよ」
「君との時間、楽しかった。でも終わりだよ。このまま無理して続けるのは効率的じゃない」
「何でだよ、わけがわからない……」
「さよなら」

私が服を着る間、彼はずっとうなだれていた。
部屋を出る直前、彼は絞り出すような声で言った。

「更新したら、想いまで消去されんのかよ。じゃあ俺は絶対更新なんか、しないからな。君と過ごした時間全部、そのままで俺は残すからな」

別れ際はスマートでいたい。
私は彼のセリフを、そう、とだけ言って受け流す。
部屋を出たあと、胸にノイズが走った。
効率化された感情処理システムでも分解できないノイズの痛みに、私の目から涙が溢れた。


5/22/2025, 1:25:46 PM