【小説 曇り 】
初対面の時に感じたのは、変な人だな。の一言に尽きた。
英語探求という少し特殊な科目を選択した私の隣の席の人間。それは毎日元気で笑顔を絶やさない男子生徒だった。
高校1年生から同じクラスだった彼は、いつの間にか隣に来て、何やらよく分からない陰謀論とか、先生の噂だとか、宗教観だとか、その場で頭にうかべたものを全て吐き出しては私の前から去っていく。
正直最初は、頭がおかしい子なのだろうか。と思ったほどだ。
なによりも、彼の陽気な性格は明らかに作り物のようで私はかなり気味悪く感じてしまっていた。言われたことをなんでも信じる純粋さと、理解の深いもの以外への考えの無知さ、誰とでも話す気前の良さとか、そういうもの全てが私から見れば必死に鎧を脱がないように足掻いているように見えて仕方なかったのだ。
三年生で選択科目を取り、席替えをしないまま隣の席に居続けた彼は、大学試験に向けて真剣に勉強に取り組んでいた。
毎日朝早くに来て、日本史の教科書をヨレヨレの擦り切れるほどまでに読み込んで、英単語帳にはメモ書きが多く貼り付けられ、何処へ行くにも小さな参考書を持ち歩き、休憩時間さえも教科書を読み込んでいる。
そんな彼を見て始めて、すごいな。受かって欲しいなというプラスな感情を持った。
休憩時間他人の椅子を占領するのはやめてもらいたかったが、椅子の上に寝っ転がって教科書を覗き込む彼の必死さが、少し好きだと思った。
受かったかどうかは聞かなかった。1年生の頃突然話しかけてきた時に聞いた目指している大学名は、レベルの高いところだったから。3年生になっても変わってないと笑った彼を、何となく信じていたかった。
そうして迎えた卒業式。
曇り空の中開催された高校最後の学校行事は、生徒たちの熱気と興奮と、別れの悲しさと寂しさと、多くの感情を混じえて素晴らしい思い出となった。
卒業式を終えて、クラスの人への一言に、彼が一番手で前へ出た。
いつも突拍子のない彼だから、何を言うのだろうかと気になって少し身を乗り出して耳を傾けていた私は、彼の一言目でやはり変な人だなと改めて思った。
「俺は、人を助けられるような人間になりたい。」
まるで漫画の主人公のように宣言する彼の瞳が真剣なことに、思わず笑いそうになってしまったのは、それが馬鹿らしいとか。綺麗事だとか。そういう嘲笑ではなくて、ただただ、彼らしいなという意味から込み上げた笑いだった。
綺麗なスピーチだったと思う。到底私にはできないことを成し遂げると宣言する彼に、私は称賛を込めて最後で最高の拍手を送った。
少しして、アルバムの裏の白紙にメッセージが欲しいと彼が話しかけてきた。きっと最後の会話になるだろうなと感じながら、いいよと軽く了承し、私は彼に、英語の質問をいつでもどこでも聞いてくる君が面白かったよと言葉を送った。
教室の後ろ側から、周りに頭のいい友人がいるというのに、突然名前を叫んでここが分からない!と叫ぶ彼に何度呆れたか分からない。
なぜ私に聞くのかと聞いた時、彼は英語なら君が一番できるからと素直に言った。
それは間違いである。と訂正したかったが、まぁ、悪い気はしなかったので黙っておいた。
メッセージ書いたよとアルバムを手渡し、俺も書き終わったよと返され、私たちの会話は終わった。
教室を出て、友人たちと話しながらアルバムを開いて皆からのメッセージを読んでいた時、私は声を出して笑ってしまった。
何故なら、彼の名前の元に書かれたメッセージには英語の時間ほんと助かったという何気ないメッセージの後、日本を捨てることは許せないけど、自由に生きて欲しいという独特な一文が添えられていたから。
どういう意味とか、もう充分自由に生きてるだとか、そういう言いたいことはあれど、もう会うことは無い。
名前の隣に描かれた飛行機と私の進路先の大学がある国の旗を見れば、なぜそんな言葉を添えたのかは何となくわかる。
きっと彼は、私と友人の会話を聞いて何となく私の進路先を察していたのだろう。
それを直接言わない限り、彼らしいと改めて思う。
この言葉が彼に届いて欲しいとは思わない。
けれど、言われっぱなしでは気が済まないので、ここで宣言させて欲しい。
私は日本を愛している。だから、決して捨てる訳では無い。学びが終われば、帰ってきて、君に負けない働きをすると。
君の隣の席の人間より
3/23/2025, 3:44:51 PM