白と黒だけの森。
そこは木々も草も動物も人も、すべて影の輪郭だけで存在していた。
歩くたびに、自分の影は森の影に溶け込み、まるで未来の予兆を映すかのように揺れる。
ある日、森を歩いていると、ふと濃い黒の塊が揺らめきながらこちらに近づいてきた。
人の影のようでもあり、動物の影のようでもあるが、どちらでもない、未知の存在だ。
白い光が差し込むと、その影は一瞬だけ立体になり、細い手のような形でこちらに触れようと伸びた。
恐怖よりも不思議な好奇心が勝り、彼は影に手を伸ばした。何かが生きているような、温かい感触。
触れた瞬間、森の影が波のように広がり、周囲の木々や動物の影が揺れ出した。
まるで森全体が目覚めたかのように。
影の塊は微かに形を変え、こちらを見つめているように感じられた。
目があるわけではないのに、確かに視線を感じた。
彼は一瞬たじろいだ。
その時、影の塊は静かに動き、森の奥へと導くように進み始めたのだ。
好奇心に抗えず、こちらも足を進めると、やがて森の中心に小さな白い光の泉があらわれた。
彼は思わず息を飲んだ。
影の塊は泉の上で揺れ、光に吸い込まれる。
その瞬間、微かな声のようなものが耳に届いた。
言葉ではない、感情だけの声。
恐れ、期待、孤独、喜びが溢れる。
森のすべての影が一斉にささやくような、不思議な合唱だった。
光が消えると、影の塊も泉も跡形もなくなった。
しかし、森を抜ける途中で自分の影を見ると、微かにその塊の形が残っていた。
その塊には触れられなかった。
だが、確かに何かが交わった証だ。
森は再び静かになり、影たちは揺れながらも元の輪郭に戻った。
白黒の森は変わらない。しかし、ほんの一瞬、ありえない出会いが現実と幻想の境界を揺らしたのだった。
この森を訪れる際には、気をつけて。
謎の塊が、次に何をするかはその時次第のようだ。
9/29/2025, 11:25:37 AM