例えば、ふとした瞬間に
「……今日は桜が綺麗だな。君にも見せたい」
となるのが、愛なのだと思う。
【ふとした瞬間確約チケット】
写真を撮って君に送って、それで満足すればよかったのだけれど、なんだか今日は君の声が聞きたい気分だ。電話をかけたら迷惑だろうか、とふとした瞬間に真剣に考えてしまうのは、さっき吹いた風の音が君の声みたいだったからとか、そういうくだらない理由のせいだ。
「まあ、我慢するか」
鬱陶しい男と思われてはかなわないし、ふとした瞬間に浮かんだ程度の感情なら、放っておけばきっとふっと消えるだろう、そのうち。
――ぷるるるるる。
『あ、もしもし?』
……え?
『くしゅっ……。今さあ、外にいるんだけど。ふわって風が吹いて、それが顔にかかって、そっから鼻水止まんなくて。あー花粉だなーって思って』
君の声。これが前置きなのか本題なのかもよくわからないまま、相槌を差し込むタイミングを逃し続ける僕。
『君の方は大丈夫かなーって、ふっと心配になっちゃって』
「……え?」
『あれ、君も花粉症だったよね、確か』
「え、ああ、まあ……」
『大丈夫? ちゃんと鼻炎薬飲んでね』
「……それ言うために電話したの?」
『え? うん、そう。花粉は辛いからねー』
僕は携帯を握りしめたまま、しばらく固まっていた。桜の花びらが頬を撫で、それで我に返って、腹を抱えて笑った。そうだ。花粉は辛くて、桜は綺麗だ。
『じゃあそれだけだから……』
「待って。こっちの方、桜がすごく綺麗なんだ。君にも見せたいくらい」
『ええ、いいなあ』
「今写真送る」
と、桜の木を降り仰ぎ言う。ふっと、いたずら心のようなものが沸き上がってきて、僕はさらに言葉を続けた。
「僕、明日もこの道を通ると思うんだけどさ」
『うん』
「明日の桜は、今日よりもっと綺麗かも。そしたらきっと、君にそれを伝えたいって、ふとした瞬間に思っちゃう気がする」
『ふふっ、なにそれ』
「そしたら、僕から電話してもいい?」
ふとした瞬間は、いつふっと訪れるかわからないからふとした瞬間なのだ。けれど、いつ来るかわからなくても、絶対に一日のどこかで来るとわかる。その「ふとした瞬間」の確約チケットこそが、愛なのだと思う。
『いーよ』
空は青くて、わざわざ君に伝えなくたって、君もふとした瞬間に見上げたくなっているんじゃないかなあ、と思う。
4/27/2025, 11:20:25 AM