「バイバイ」
そう言って彼女は〝文字通り〟僕の前から姿を消した。
あまりに一瞬のことで、僕には何も出来なかった。
「え」
と言って、足を一歩前に出して、そこで止まった。
彼女の長い黒髪が、未練のように僕の視界に残っている。彼女のではなく、僕の未練。
SNSで知り合って、ここ数年は彼女だけが僕の話し相手だった。家族ともクラスメイトともうまく付き合えない僕に、私も同じだと言った彼女。
地獄のような毎日を、うんざりだと言った彼女。
数年そんなやり取りをして、初めてリアルで会おうという話になって、待ち合わせをした。
黒髪が綺麗な、びっくりするような美少女が、僕のユーザー名を呼んだ。
SNSの延長のようなやり取りをして、とあるビルの屋上で夜景が見たいと言った彼女。
手すりから身を乗り出して、僕を振り返って、たった一言。
「バイバイ」
あの瞬間の、彼女の笑顔が忘れられない。
その後はまるで夢の中にいるようで、真っ赤に染まった地面を見てる間も、警察に事情を聞かれている間も、ふわふわとした感覚にとらわれたままだった。
地獄のような毎日を、彼女は自ら終わらせた。
あの笑顔の意味を、僕はそうとらえている。
僕はその終わりを見届ける役を与えられたのだ。
「バイバイ」
彼女の声が、僕の耳の奥にまだ残っている。
END
「バイバイ」
2/1/2025, 3:44:19 PM