『涙の理由』
秘密を墓場まで持っていくことは難しいことらしい。母が病床で息も絶え絶えに語ったことは、罪の告白だった。語るだけ語ったあとに母は臨終となってしまったので、突然に自分の出生の秘密を知った私は気持ちの遣り場のないことや、聞き返したいことを問う相手の不在に憤りさえ憶えた。墓に向かって何を言っても徒労に終わる。仕方なくほうぼうへ聞いて回ることにした。
私の母は母ではなく赤の他人であった。金を積んで人さらいを雇い、連れられてきた赤子を母はそれはそれは大事に育てあげ、母としての役を満喫して人生を終えた。それはさておき、私には本来の母とおぼしきひとと幼少の頃に会っていたのかもしれないという記憶がある。母の用事について行き、母の手が離せないというときにひとりでふらふら歩いていた時に見知らぬひとに声を掛けられた。母と比べるとみすぼらしい身なりのその人は私を見ると手招きをして名前や年を聞き、はきはきと答えた私のことを眩しそうに見つめていた。私の話すことすべてに頷き、笑い、嬉しそうに聞いてくれたからとても楽しい時間だったのだが、血相を変えた母が怒鳴り込んできたことでご破算となった。母がなんの説明もなく乱暴に手を引いて歩いたことも悲しかったし、振り返ったときに見たひとが泣いていたらしいことも悲しかった。
うれしそうに話を聞いてくれたひとの、悲しみの涙のことを思う。役所で見聞きしたことを頼りに生みの親の所在をつかんだ私の足は一旦は鈍ったが、やがては歩き出すこととなった。
10/11/2024, 4:00:12 AM