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#01『世界を征服するまでは』

 雪解けが始まった春の朝、日が昇りきる前に相変わらずのボロ家の中で朝飯を食べる。ぱさついて味のしない上に小さいパンと極限まで薄めた粉ミルク。あとはこの前配給所で貰ってきたチーズ。これでも朝食としてはご馳走の部類なのが嫌な所だ。腹いっぱい食べれてた3年前に戻りたい。切実に。
 目の前に座るジンは今日も元気らしくニコニコと笑いながらパンを齧っている。栄養もクソをないような飯食って働いて、どこからその元気が出てくるのか疑問でしかない。
 目があった。そりゃ、対面に座ってんだから目も合うけど、今、こちらを見てくるその明るい瞳はいつもと違う気がした。
「1年後、なにしてると思う?」
 コイツは何を言っているんだろうか。明日の命すら危ういこの時代に1年後を考える余裕があるとは思えない。このクソみたいな生活が始まってはや3年。何度も死にかけてきたのにコイツはまだ未来を見ていられるらしい。
「死んでる」
「つまんね」
 実際、死ぬ確率の方が1年後生きている確率よりよっぽど高い。明日と言わず今この瞬間死んでもおかしくないのだから。
「俺、1年後に山田Jrを締めて焼き鳥食うんだ」
 ジンは真面目腐った顔で言った。どうやらコイツの中で先日卵から孵ったばかりの山田Jrの未来は決まっているらしい。確かに食用として育ててはいるが、ヒヨコのJrが焼き鳥になることまでは決めなくてもいい気がした。
「なあ、イチは1年後“生きてるとしたら”何してると思う?」
 ジンがこっちを見てニヤリと笑う。どうやら俺の回答がお気に召さなかったらしい。逃がすつもりはないと言わんばかりの意地の悪い笑みだ。
「世界救って英雄になる」
「マジで?」
「嘘だよ」
 嘘だ。こんなの冗談だ。厨二病の妄想だ。このクソをたいな世界救って英雄なんて。家なし親なし金なしの子供にできるわけない。ちょっと口に出してみただけ。それだけなのに。
「え、嘘なの?俺とイチだったらなれるくね?」
 なんで、コイツはこんなに目をキラキラさせてんのかなぁ。
「なんなら世界平和超えて世界征服までいけるね」
 そう言うとこっちに手を伸ばして端が欠けた俺のコップに残っていた一口分のミルクを飲み干した。
「おい、それ俺のなんだが」
 人差し指にコップの取っ手を引っ掛けて笑う。コイツ、煽ってやがる。
「じゃ、やるか。世界征服」
 やり返しに皿に残った最後のチーズの欠片を口に入り込んだ。配給で貰ってから少しずつ食べていたが、これが正真正銘最後のチーズだった。
「あ!俺のチ、ちょ、今、やるって言った!?」
「やるぞ」
「マジで!?」
「マジで」
 たまにはこんなバカやったっていいだろう。なんせ3年間も抑圧された生活を送って来たんだから。
「世界征服で決定な!男に二言はねぇよな!」
 世界征服なんて戯言、できるわけがない。コイツのことだから本当に計画立てて実行に移すんだろうけど、そもそも明日生きてるかどうかすら怪しい。
「世界征服と書いて、ゲームクリアと読む!」
「意味わかんねぇよ」
 でも、とにかく今日一日は、楽しい日になりそうだ。

5/9/2024, 8:59:42 AM