かたいなか

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「するどい、まなざし……?」
今日も今日とて、手ごわいお題がやってきた。
某所在住物書きは相変わらず、途方に暮れて、天井を見上げている。
視線、眼差し関係の題目といえば、「君の目を見つめると」や「安らかな瞳」の4月と、「澄んだ瞳」や「視線の先には」の7月、その他数個、だいたい7〜8個は書いてきた記憶があった。

「アニメだと大抵、デフォで目ぇ閉じてるキャラって、大抵目が開くと『鋭い眼差し』な気はする」
現実のネタだと、あの文豪川端康成が、じっと人を見るその眼差しで、編集者を泣かせたってどこかで見た気がするけど、ガセだっけ、事実だっけ?
物書きは「眼差し」、「視線」、「瞳」をヒントに、残り数時間で組める物語は無かろうかとネットにすがった。

――――――

昔々のおはなしです。年号がまだ平成だった頃、だいたい8〜9年くらい前のおはなしです。
都内某所、某職場に、雪国から上京してきた田舎者がおりまして、
都会と田舎の速度の違い、人と人との距離感の差、それからアレやらコレやらで、色々荒波に揉まれて擦れて、すっかり捻くれてしまっておりました。
人間は、敵か、「まだ」敵ではないか。
素直で優しかった正直者は、少しの親切も疑ってかかるほど、ただれて、ささくれて、ヤマアラシ状態。

名前を附子山といいます。数ヶ月後、諸事情で改姓して、藤森になります。
詳しいことは過去作7月20日付近参照ですが、だいたいこのおはなしを読めば分かるので、気にしない、気にしない。

「附子山さん。ぶしやまさん」
で。そんな少しの親切も疑ってかかるヤマアラシの、顔とスタイルと、なによりヤマアラシに、惚れた者がありました。
名前を加元といいます。元カレ・元カノの、かもと。分かりやすいですね。
「その仕事、手伝うよ」
恋に恋して、自分を飾るジュエリーとして恋人を身につける加元の目に、附子山は美しく見えました。

「必要無い。あなたは、あなたの仕事をやればいい」
附子山は平坦な抑揚と表情で、しかし瞳の奥に鋭利な人間嫌いを忍ばせて、加元を拒否ります。
加元は、この鋭い眼差しが大好きでした。
手負いのオオカミか、それこそ威嚇中のヤマアラシか、ともかく野性的で静かな拒絶は、加元に「この人が欲しい」と思わせました。
決して懐かぬ孤高は、故郷と都会のギャップで疲弊した孤独は、良いピアスかネックレスになるだろう。
加元は確信しておりました。

なにより附子山の静かな目、静かな表情、視線の鋭利さといったら!

「寂しいこと言わないでよ。ほら、貸して」
ぬるり、ぬるり。
加元は己の声と抑揚と仕草で、附子山の心の奥の奥に潜り込みます。
「ふたりでやった方が早いよ。定時で終わらせて、美味しいものでも食べようよ」
ぬるり、ぬるり。
何度威嚇しても優しく在る加元に、附子山は1ミリずつ心を開いて、捻くれ傷ついた心も癒えてきて、

数ヶ月後、加元のピアスになる前に、元々の素直さと優しさを取り戻し、
ゆえに加元から「解釈違い」と、SNSのサブ垢でディスられました。

加元のサブ垢に気付いて、自分に対するボロクソを見てしまった附子山。
おかげで心はズッタズタのボロッボロ。
しまいには、合法的に「藤森」に改姓して、職場もスマホも居住区も全部変えて、加元の前から姿を消してしまいました。

それから8〜9年後、現在の藤森は新しい職場とアパートで、
ヒガンバナのお守りを親友から押し付けられたり、ぼっち鍋で煮たポトフを後輩とシェアしたり、まぁまぁ、そこそこ幸せに暮らしておるのですが、
その辺は今回の「鋭い眼差し」のお題とは無関係なので、気にしない、気にしない。

10/16/2023, 4:05:30 AM