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風のいたずら

 ふと風が吹いた。
 ほとんど風の無い穏やかな日だったが、お墓に相対したとたんに、うなじを撫でられた気がした。
 「七回忌か、早いものだな」父が手を合わせながら呟いた。「私たちより早く逝くなんて、ほんと親不孝者」母が涙声で言う。
 妹は6年前、不慮の事故で亡くなった。信号無視の自転車に突っ込まれて、横断歩道ではねられた。自転車とは言え、若い大学生がスマホを見ながら全速力でぶつかってきたのだ。歩道の縁石に頭を強打して即死だった。
 あの日は日曜日だった。彼女の出掛けに私もいて、「ねぇ、お姉ちゃん、パパとママの結婚記念日、どうする?」「来月だね。2人とも社会人だから、何かいいモノプレゼントする?それとも旅行?」「そうだね、じゃ今夜相談しよう」「うん、行ってらっしゃい」
 相談は出来なかった。事故後のいろいろで、結婚記念日もお祝いどころではなかった。家族中で、彼女の突然の死をずいぶん長い間引きずった。
 年子の姉である私は、長いこと彼女のために泣けなかった。家族葬をしたときも、その後の法事でも、深い悲しみにくれていたのに、何故か涙が出なかった。
 いま、お参りしながら風に吹かれて、いたずら好きだった妹が、ふざけてうなじを吹いた気がした。
 「今になって、そんなに泣く?」母にもらい泣きしながら言われて、初めて自分が泣いているのを知った。ただの風のいたずらだったろうけど、私は、彼女が手を振って笑って去って行ったと感じたのだ。

 

1/18/2025, 9:15:02 AM