悪役令嬢

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『どうすればいいの?』

月が氷のように冷たく輝く夜。
バルコニーに吹き込む風が、
悪役令嬢の頬を優しく撫でる。

「セバスチャン……」

震える声で名前を呼ぶ悪役令嬢に、
執事は穏やかな眼差しを向ける。

「俺を選ぶことは茨の道となるでしょう」

「それでも構いませんわ。お父様にも、魔術師に
もお話します。あなたを養子として迎え入れる
なり、それが叶わないのなら、私は伯爵家の
令嬢の座を投げ打つ覚悟だってありますわ」

力強い言葉に心を揺さぶられたセバスチャン
はわずかに目を伏せ、震える手で
悪役令嬢の手をそっと握り締めた。

「俺もあなたを誰よりも大切に思っています。
ですが……」

彼は一瞬言葉を詰まらせると、
深く息をついた。

「だからこそ、あなたには幸せになってほしい。
たとえその幸せが、俺の手の届かないところ
にあったとしても」

夜風が吹き抜け、青白い月光が二人を
淡く照らし出す。

その夜、セバスチャンは辞表を置き、
誰にも見送られることなく屋敷を去った。

────

結婚式当日

ステンドグラスから柔らかな光が
差し込む神聖な教会。
白いドレスを着た小さな女の子たちが、
花を撒き散らしながら新郎新婦を祝福する。

悪役令嬢は美しい微笑みを浮かべていたが、
彼女の瞳の奥には微かな陰りが宿っていた。

「とても綺麗だ、メア」

父が優しく声をかけ、彼女の腕を取りながら
ヴァージンロードを歩く。

「ありがとうございますわ、お父様」

そう返しながらも、悪役令嬢の視線は
参列者の中をさまよう。

(セバスチャン……あなたは来ていますの?)

だが、どこを探しても彼の姿は見つからない。

人々の視線が、純白のウェディングドレスを
身に纏った悪役令嬢とタキシード姿の魔術師へ
吸い寄せられる。
彼らが並ぶ姿はまるで一枚の絵画のよう。

「汝はこの女性を愛し、
支え続けることを誓いますか」

「誓います」

牧師の言葉に答える魔術師。

「汝はこの男性を愛し、
支え続けることを誓いますか」

その時、教会の扉が静かに開き、
遠くに見慣れた人影が現れた。

「セバスチャン……!」

悪役令嬢は理性を忘れ、駆け出そうとした。
しかし、隣の魔術師が彼女の手を掴む。

紫色の瞳が悪役令嬢を捉え、無言で首を
左右に振る。その仕草に込められた意味を
理解した悪役令嬢は、胸が張り裂けるような
思いで教会の扉へ視線を戻した。

だが、扉の外にあった影は、
すでに消え去っていた。

人々の賛辞と祝福の声に包まれながら、
悪役令嬢は潤んだ瞳を閉じる。

(さようなら、私の愛しい執事……)

こうして、悪役令嬢と執事セバスチャンは、
別々の道を歩むことになった。

それでも悪役令嬢の心には、月夜に交わした
言葉が、永遠に刻まれていた。

~完~

11/21/2024, 6:30:14 PM