『今年の抱負』
「今年の抱負ってある?」
「魔王討伐」
まだ20歳の兄が世界でたった一人の勇者になった。
16歳の彼の弟である僕は作家だ。
ありふれた、何処にでも居るだろう売れない三流作家。
兄が筋骨隆々の逞しい身体で、スクワットを始める。
僕はそれを、ペンとネタ帳を持ちながら眺めていた。
「兄さん、よくやるね。寒くないの? 雪降ってるよ」
「貧弱モヤシのお前と一緒にするな。俺は勇者だぞ」
「あー、はいはい。流石、勇者様、勇者様」
此方を一瞥もしない兄。
ため息を吐きながら、僕はしゃがみこんだ。
雪が真っ白い絨毯のように広がっている。
そこに座り込むと皮のズボンから染み入るような冷たさが押し寄せる。
僕は堪らず温かいココアを口に運んだ。家から持ってきていたのだ。
「ふぅ、温かい……兄さんもどう? 美味しいよ」
「後でな。俺はもう少し鍛える」
「真面目だなぁ、兄さんは。魔王なんて、僕らが生まれる前から居るじゃないか。もう少しのんびりしたって罰は当たらないよ?」
「そういう問題じゃないだろう。今だって、魔王の進行により、どこかの誰かは苦しんでいるんだから」
どこかの誰かのために、人生を投げ打つなんて馬鹿げてる。
そんな心の底からの意見を、僕はそっと心の中にしまった。
これは、言ってはいけない事だからだ。
「お前は……、何か無いのか」
「何かって?」
「今年の抱負だ」
珍しい。あの兄が、自分からコミュニケーションをとろうとしてくるなんて。ずっと、勇者として魔王討伐の事ばかりだったのに。
僕は目をぱちくりさせながら、顎に手を当てて今年の抱負について考えた。
「そうだなぁ。仕事の執筆の事なんだけど……」
「……おう」
「キャラクターの年齢と性別、外見をちゃんと書くように気を付けようって、思うかな。前にちょっと、先輩の作家からアドバイスを貰ったんだ」
「…………そうか」
なんだ、その反応は。自分から聞いてきたのに、全く興味無しか。
……まあ、仕方がない。
僕らは兄弟だというのに、随分と違う。趣味も仕事も、好きになった女の子さえ、バラバラだ。
ちゃんと血の繋がった唯一の家族なのに、どうしてこうも違うのだろうか。
僕は内心、首を傾げている。世界の七不思議の一つだな。
「俺は、今年こそ……魔王を討伐してみせる」
「はいはい。死なない程度で頑張ってね」
「そうしたら……」
「ん? なに、兄さん」
ずっと筋トレを続けていた兄が、それをやめて僕の方を向く。
力強い真っ直ぐな視線と目があった。
「お前の側にずっと居るよ。ずっとだ、ずっと」
僕は口を開けたが、なんと言えば良いのか分からず、何度か口を開閉して……結局は口を結んだ。
心にある気持ちを、表現する言葉が見当たらなかったからだ。
「兄さんは、その……、えっと、いや、ちがくて、うん……」
無理矢理、吐き出すようにして絞り出した言葉は、なんとも拙く見てられるものではなかった。
そんな僕をじっと見つめていた兄が、再び口を開いた。
「お前が、俺の勇者活動を、よく思ってないのは知ってる」
「……」
僕は貝のように、口をきゅっと結んで黙り込んだ。本当だったからだ。
「俺は強い。だから魔王にだって負けない。お前を一人になんてしないよ」
「そんなの、分かんないじゃないか……強かった冒険者だって、もっと強い魔物に会ったら殺されちゃうんだよ」
「俺は母さんと父さんとは違う。俺を信じてくれ、約束する。絶対に負けない、そしてお前を一人にしないと」
はっきりと言われ、僕は俯いた。
兄は強い。僕と違って、身体も心も。
「絶対に、帰ってきて。約束だから」
「ああ」
真っ白な絨毯と雪の静寂が見守る中、僕らは凍えた手で指切りをした。
二人だけが知る約束だ。
「ココア、飲む?」
「貰おう」
僕らはお互いを見つめて、久しぶりに笑いあった。
おわり
1/2/2026, 11:51:38 PM