ほんのお遊びのつもりだったのだ。
満月の日、吸い込まれるようにふらっと立ち寄った場所に少し興味のそそられる文章ががあり、まぁお試しにと仮面を付けて入った。
ただそれだけの事だったのに。
その空間はことの他楽しく、1日、また1日と訪問するようになった。普段あまり人とプライベートな接触を持たない自分にとっては同じく仮面を付けた人々と交流することは新鮮で、また身が割れることもなくとても楽だった。時間を忘れてしまうような空間にこれ以上深入りは良くない、と思いながら訪ねることを繰り返して、再び月が満ちた頃。
同じくふらっと立ち寄った様子の新入りが現れた。
仮面をつけていても鼻筋が通っていて美人だということが分かる。というか、隠すのは目だけで大丈夫なのだろうか。
紅を引いていなくても紅く色付いたその唇の形はとても特徴的で、見る人が見ればすぐに気づかれてしまう気もする。
よろしくお願いしますと発された声にはなんのノイズもかかっていない。何のための匿名性だ。見かねて仮面のマイクに変声機能が付いていることを説明してやると、新入りは仮面越しにでも分かるほど顔を赤くした。前途多難だ。
平穏を求めている俺としては近づいてほしくない。しかし何の因果か、真っ先に声をかけてしまったのが俺だったせいか、懐かれてしまった。まるで犬のように駆け寄ってくる。
そのため新入りが俺に近づくとみんな余計な気を使って離れていってしまう。平穏が遠ざかっていく。
普段は一向に合わない目がバッチリと合う。じぃっと仮面越しに食い気味に見つめられている。
「なにかな」
努めて標準語を話す。相手に引っ張られてはいけない。
俺はここの平穏な非日常を守りたい。
にゅっと真っ白い手が伸び、頬を包む。
無音の行為に思わず出そうになった悲鳴を飲み込む。
突拍子のない事をする奴ではあるが、出会って2週間ほどの人間に対して、こんなことをする奴ではないはずだ。
「可愛い目してますね、仮面越しにでも分かるわ。俺めっちゃその目好きです」
「それはどうも」
気まずくなって思わず目を逸らす。気づかれてはいないはずだ。ボロは出ていない、こいつは出まくりだが。
「俺の好きな奴にすげぇ目似てて、幼なじみなんですけど」
ほら言っている間にまた勝手にボロを出し始めた、好きな奴の話なんてそう簡単に言うものでは……、ん?
(物語の始まり)
4/19/2025, 7:40:29 AM