弟の怒りに満ちた罵声が聞こえた。何事かと自室の窓からひょいと顔を出して、声の出所を探す。団地の敷地内にある子供の遊び場にて、弟とその友人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「おい、何やってんだ!」
慌てて部屋を飛び出し、団地の階段を駆け降りた。弟はのんびりしている方で、ちょっと短気な友人のシンヤ君とは取っ組み合いどころか喧嘩すらした事なかったのに。内心動揺したまま遊び場へ駆けつけると、二人は擦り傷だらけで息も絶え絶えのまま、地面に転がっていた。
「あーあー、こんな怪我してよぉ……なんでこんな事をしたんだ?」
二人の服についた土を払いながら、喧嘩の理由を問う。二人は互いに睨み合ったまま押し黙った。「ヒロム」と語気を強くして弟の名を呼ぶと、低く唸りながら弟が口を開く。
「兄ちゃん、シンヤ君が!」
「うん」
「ブラックナイトが一番格好いいって!」
「うん?」
よくよく話を聞いてみると、二人が大好きな戦隊ヒーロー『ナイツレンジャー』で「誰が一番格好いいか」が喧嘩の理由だった。初めは軽い言い争いだったそうだが、口喧嘩がヒートアップして取っ組み合いになったらしい。
弟は主人公のレッドナイトが一番格好いいと言い、シンヤ君は最近登場したブラックナイトが一番強くて格好いいと譲らず。話は平行線になってしまったようだった。
思わず肩の力が抜ける。もっと深刻な理由を想像していた。そう言えば二人とも戦隊モノ好きだったな。弟に付き合わされて何回もナイツレンジャーを見ていたので、喧嘩の理由についてすぐに理解できたのは僥倖だった。
「いいかぁ? シンヤ君にとってはブラックナイトが、ヒロムにとってはレッドナイトが一番格好いいんだろ?」
二人は頷いた。
「ならそれでいいんだよ。誰かが絶対に正しい、みたいなのは無いんだ。善いとか悪いとか人それぞれなんだから。相手の言うことだけはダメって言うなよな。自分がされたらムカつくだろ?」
二人とも自分の意見を否定されたら、と想像したようだ。一拍の間が開いた後、また頷いた。
「みんな違って、みんないい。それでみんなハッピーだろ? ほら、仲直りのごめんなさいは?」
二人は互いにおずおずと声を小さくごめんなさい、と謝った。この年頃は素直で助かる。
一件落着だな、と自室に戻ろうとした時、服の裾が軽く引っ張られる感触がした。見下ろすと、シンヤ君が俺の服の裾を控えめに掴んでいた。
「ヒロムのお兄さんは、誰が一番格好いいと思ってるの?」
「あー……」
単純な好奇心による質問だろう。弟と一緒に興味津々な目で俺を見上げてきた。目をすっと逸らし、頰を掻いた。
「俺はホワイトナイトが可愛くてカッコいい、と思、う、ぞ……」
瞬間、二人は「マジかよ」と言わんばかりの目で俺を見た。なんだよ。いいだろ、紅一点のホワイトナイト。
テーマ「善悪」
子供の喧嘩と第三勢力の話
4/26/2026, 5:04:06 PM