楠征樹

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《旅路の果てに》#9 2026/02/01

「あの、もしやあなたは、勇者さまでは?」
 長い旅の帰路、途中で立ち寄った…というより、力尽きて足を止めた小さな村でそう呼び止められた。
「いえ、その呼び名はもう…シロウ、で結構です」
 魔王を倒したのは、世界を救いたいとかではなく、ただ父母の仇をとるためで。その為に、同行してくれた仲間を三人とも喪ったのは、それは、正しい行いだったのだろうか。
「では、シロウさま、何も無いところではございますが、ぜひ当家でお休みくださいませ。それに…一つお願いしたいことがありまして」
「願い、ですか?」
 魔王軍の残党でも居るのだろうか、正直、もう疲れたんだ、僕は。
「どうか、こちらへ」
 別室へ通されると、粗末なベッドに女性が休んでいた。何かを抱きかかえていた。
「てまえの妻です、そして」
 女性の抱えていたものが、泣き声をあげた。
「私の娘です。昨日生まれまして」
 赤ん坊、か。久しく見ていなかった気がする。
「この子の、名付け親になってくださいませんか」
「名付け親…僕が?」
「私達は…子を為すことを諦めておりました。生まれて来たところで、この世は地獄。そう思っていました。でも…」
 男の妻が言葉を引き継ぐ。
「勇者さま達の活躍が、この村にも届いたのです。破竹の勢いで、必ず魔王を倒すだろう、と。それは、私たちの希望になったのです」
 泣きやんだ赤ん坊が、今度は笑いだした。
「シロウさま、私達に、この子に、生きる希望を与えてくださいまして、本当に感謝致します」
 希望か…この子のように、新たな産声を上げている存在が他にも居るのだろうか。それを、僕たちが…
「こうして出会えたのも、何かのご縁。ぜひ」
「では…サン、と。国の言葉で、太陽のことをそう呼んでいる」
 そして、僕を庇って死んでいった、あの娘の名前だ。みんな、赦してくれるだろうか。
「ああ、ああ、良い名ですな。ありがとうございます」
 喪ったものの報復の為に、更にかけがいのないものを喪った。その果てに"希望"が芽生えたというのなら……。

 それでも、僕は、"サン"と、皆と、その希望を見てみたかったよ。
 

2/1/2026, 12:35:40 AM