「この感情を何と呼べばよいのか、わかりません」
皆の前に立つ男は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
誰も言葉を発することはない。
私も黙って聞いている。
「恐怖とは違います。いや、怖いんですけどね。でも、先程たくさん話を聞いていただきましたから。怖いのはもういいんです」
強がりだろうが、それを咎める者は誰もいない。
ただ、と男は声を震わせる。
「家で一人死んだ妻のことを思うと──怒りとも悲しみともつかない、苦しさが募るのです。なぜ最後の時に傍にいられなかったのか。いや、そもそも──妻を死に追いやったのは私です。私のせいで死んだ。でも今更それを悔いたところで、妻は生き返らないのです。どうしようもない。それがとても──辛くて、悔しくて、悲しい」
私は左右の同僚を見た。
皆、俯き床をじっと見つめている。
男の言葉を聞いているのか。
それとも、早く終われと耳を閉ざしているのか。
男はふぅ、と大きく息を吐いた。
少しの沈黙。
やがて男は口を開く。
「遺族の方々も、同じ思いだったんでしょうね」
申し訳ないことをした。
そう言ってから、男は以上です、と呟いた。
そして私達に、合図が入る。
何が同じだよ。
私は他の四人と共にボタンを押す。
壁の向こうで、ガタン、と落ちる音がした。
『やるせない気持ち』
8/24/2023, 11:34:37 AM