わをん

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『カーテン』

屋敷の奥の間で葛藤を重ね決心を着け、静かに目を閉じた私はひとの姿を捨てて本来の姿へ返った。ひとに見られてはきっと騒ぎになるだろうが、この姿でなければ成し得られない。騒ぎになればきっとこの都に居ることもできなくなるだろうが、仕方ない。ふと思い出されたのは唯一無二の友のこと。人の世にあって変わり者だと揶揄されてきた私に近づき、裏表なく接してきた男のことを思うと後ろ髪を引かれる思いだったが固く目を瞑ってそれを追いやると、私は為すべきことを為すために屋敷を発った。
人の目には見えぬ大蜘蛛が都に巣を張り人を食うさまを見るのも今日限り。都に突然に現れた大きな獣を見て人々は驚愕の声をあげたが、私が大蜘蛛の足の一本を噛みちぎったとき、あらわとなったあまりにも大きな巣のおぞましさには言葉を失っていた。闘いは長く続き、双方どちらも引けをとらなかったが、人々が大蜘蛛に石を投げ、火矢を射掛けてから流れが明らかにこちらに傾いた。石に打たれ焼けただれた大蜘蛛の体はやがて地に伏して動かなくなり、満身創痍の私だけがその場になんとか立ち尽くしていた。
歓声をあげる人々の中から見覚えのある顔がこちらに駆け寄ってきて、迷わず名を呼ぶ。ひとの姿は捨てたはずだったが、それで私の姿は獣からまた人へと成った。私の唯一無二の友は家来に人払いを命じ、人々の好奇の目を遮るように着ていた衣を私に掛けた。ひとに見せられぬ姿の私は彼の衣があらゆるものを遮るように思えてひどく安心した。
「どうして、わかった」
「見ていたらわかるさ」
彼はなんでもないような顔をして笑っているのだろう。衣に隠れた私がその言葉に胸震え、心からの涙を流しているとも知らずに。
友の助力もあってもう戻ることはないと思われた屋敷に帰りついた私はこんこんと眠り続け、目覚めたあとにも都に留まり続けている。友が語るには、都を護った獣は何処かへ去ったがいまもどこかで見守っているのであろうという伝聞が広まっているとのことだった。伝聞に彼が一枚噛んでいるのでは、と思っているが、何をどう聞いても彼は素知らぬ顔しか見せてくれなかった。

10/12/2024, 4:59:07 AM