君の手を離してしまった時、君の身体は光に包まれてふわりと何処かへ消えてしまった。
手の体温だけが残されたまま、それだけが残された君の名残だった。
1年後、僕は18歳になった。
あの頃の事はこの街のニュースになった。
僕も当然、警察を始めとする大人達に事情を訊かれたのだが、説明しても誰も信じてはくれなかった。
逆に疑われてしまうので、母親には泣かれ、父親には産まれて初めて頬を平手打ちされた。
ねえ、君はどこに行ってしまったの?
狭い街では噂は出回るのが早いし、肩身の狭い思いは度々あったのだが、コンビニでアルバイトを始めた。
その日は日差しが眩しくて蝉時雨が降り、とても暑かった。
コンビニの外の駐車場に出て、「暑い」と思わず声が漏れてしまう程、背中のシャツが汗で張り付いていた。
そして、ドアの左側に蹲っている人が目についた。
「大丈夫ですか?」
と声をかけると、
「よっちゃん、久しぶり」
昨日、別れたクラスメートの挨拶のように微笑んで君は居たんだ。
僕の喉がぎゅっと痛くなって、声が出てこない。
「彩乃、どこに行ってたんだ」
ギリギリと絞り出した声は震えていて、地面に思わずしゃがんでいた。
「私ね、異世界に行っていたの」
僕は、はーと呆れてしまってため息しか出てこない。
「それで、異世界に行って?」
「そこでね、私は勇者になったんだ」
「勇者って、お前、そんな突飛なこと誰が信じるんだ」
「そうだよね」
でもこれで信じてくれるかな?
と言いながら手首にピッタリとはまった腕輪を見せてくれた。
金文字で植物の文様が描かれて、透明なダイヤモンドを始めとする宝石が輝いている。
「それはどうしたんだ?」
僕は理解が追いつかないまま、言葉が他に出てこなかった。
彩乃はヘヘと笑って、
「これはね、あっちの世界では勇者にしか身につけられないんだって云われている宝物なの」
「それにね、一度身につけると魔王を倒すまでは外れないの」
目を伏せながら、最後に小声で言った言葉が僕の脳裏に響く。
彩乃は立ち上がって、ふふっと笑いながら、
「よっちゃんに会えて良かった。ごめんね、もう時間みたい」
ロングヘアーの黒髪が揺れて、振り返りながら、
「また会いに来るね」
と目尻を下げた笑顔で光に包まれて消えていった。
取り残された僕にはしばらく君が消えていった場所を見つめることしかできなかった。
コンビニから見下ろす遥か向こうにある街に雨を降らせようと入道雲がむくむくと空に浮いていた。
「あいつ、無理して」
と呟いた言葉は蝉の鳴き声に消えていった。
僕が君と最後に会った日のことはまた別の機会で述べるとしよう。
6/26/2024, 10:58:51 PM