本。本。本。
本で視界を埋め尽くす。
びっしりと書かれたブロック体の字の本が、目の前で開かれている。
パソコンの画面には、検索エンジンと細かい検索項目が表示されている。
何かを知る瞬間は面白い。
脳が精一杯働く時間は楽しい。
学習は娯楽になる。
そんなヒトのサガに気づいたのはいつだったろうか。
視覚で文字を舐める。
取り込んだ知識を、脳の中で咀嚼する。
血液が脳へぐるぐると流れ込み、甘美な熱を持つ。
白紙のページを開き、飲み込んだ知識の一部を書き殴る。
ドクドクと脳が脈打って、熱がするりと外へ抜け出す。
抜け出した文字はバチバチと音を立てて…文字が脳を駆け巡っている。
なにかを考え続けるということは享楽だ。
ひたすら脳を動かし続けるということは快楽だ。
この生活からは抜け出せる気がしない。
一度知って終えばもう抜け出せない。
電極と脳だけで、ただひたすらに考え続けるこの生活からは。
脳がふと管に反応する。
ブドウ糖の時間だ。
認識してすぐに、頭の中に甘いエネルギーが流れ込んでくる。
ああ、幸せだ。ありがたい。
わたしは、脳波を制御して新たなページを開き、そこへ文字を流し込む。ブドウ糖のお礼を書いておかなくては。
タイトルは「あの頃のわたしへ」。
あの頃のわたしの判断は間違えていなかった。
わたしの人生にとって、何よりも幸せで楽しいことは脳を働かせることだった。
世間体や同族の繁栄や遺伝子の継承。
そんなことより、わたしはずっと考え続け、存在し続けたかった。
あの頃のわたしが、そんな自分の気持ちを選び取り、準備し、このシステムを作り出してくれたからこそ、今がある。
脳の思考のエネルギーをブドウ糖に変え、そのブドウ糖を摂取して思考を継続する。
永久機関として、この核シェルターで永遠に存在し続ける生活を選んだからこそ。
二百年前、地上は核戦争によって吹き飛んだ。
奇跡的に生き残った人間は、最初は生存を求めて、地下へ避難した。
彼ら彼女らのために、あの頃のわたしはこの永久機関を完成させ、人類の庇護者となった。
それから数十年後。
人々はそれぞれの幸せを求めて、核シェルターから旅立っていった。
置いてかれたあの頃のわたしは、当初の望み通りに思考し続けることを望んだ。
今は、全てのエネルギーを使って、ここで思考をし続けている。
思考の快楽に溺れることこそ、わたしの至高だ。
ここを旅立った人間がどうなったのか、それは思考のネタとして素晴らしいものだが、答えは必要ない。
わたしにとっては思考が全てなのだから。
あの頃のわたしへ
わたしは過去も、未来も、今も、ずっと幸せだ。
5/24/2024, 11:58:01 AM