川柳えむ

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 何度目の報告になるだろうか。
 もう私は一人きりになってしまった。
 無理なお願いだとはわかっているが、どうか、私を助けに来てはくれないか。

 あぁ。お願いの前に、今回は私の過去を含めた話をしよう。

 私はみんなも御存知の通り、火星の調査を目的に、民間人から集められた者の一人だ。
 実のところ、私は、確かに宇宙への興味もあったが、本当になりたいものは別にあった。

 それはSF作家だ。

 しかし私にはてんで才能がなかったものだから、夢を諦めることにした。
 そしてなんの気なしに火星の調査に応募してみたところ、まぁ予想外にも、調査員として合格してしまったわけだ。
 地球自体には特段執着や拘りもなかった。
 たとえそれが片道切符だとしても構わなかった。
 こうして私は何人かの仲間と共に、火星へと飛び立った。

 火星での生活は過酷を極めた。
 全て自分達でやらなければならない。
 それは一般的なものではない。
 食糧を作ることももちろん大変だったが、この惑星に適応する体を作ることや、謎の病原菌への対処。そしてまさかいるとは思ってもみなかった、見たこともない生物との戦いなんかもあった。

 私は起きた出来事を報告と称して面白可笑しく綴り、それを地球へと送り続けた。
 そしてその報告書は人気を博し、とうとう書籍化されることとなった。
 私の夢が思っていたものとは違うところで形となってしまった。
 そのこと自体は素直に嬉しかった。

 しかし。
 本になったところで、私はそれを手にすることはできない。
 本屋に並ぶところを見ることすら叶わない。

 今、私は後悔している。
 なぜ片道切符を容易く受け入れてしまったのか。
 地球に帰りたい。
 帰って、私の本が並んでいるところを見て、私の本を手に取りたい。

 だから。
 誰か、私を助けに来てはくれないだろうか。
 私は私の本をこの目で確認することができれば、後はどうなってしまったっていい。

 たとえ、私がこの本を面白可笑しくしようと、仲間達をこの手で殺してしまった罪によって投獄されようとも構わない。 

 どうか、私を地球に帰してくれ。


『ひとりきり』

9/11/2025, 10:58:48 PM