少年は、まもなく永遠の眠りにつく。
お父さん、お母さん、僕は決して不幸なんかじゃないんだよ。
あなた達のおかげで、この世界を見ることができた。
知ることができた。
触れて、嗅いで、味わって。
あなた達の決断ひとつで、僕はこれらのことをすべて諦めなければいけなかったんだ。
あなた達が、こんな僕をこの世界に生み出す覚悟を持ってくれなかったら。
早すぎるサヨナラが悲しいからと、二人だけで生きていく決意を固めてしまったら。
僕は、こんなに素晴らしい世界があることも知らずに、夢の中で過ごすことになっていたと思う。
たった一度だけ、河原でバーベキューをしたよね。
他の子達のように川で泳ぎたかったけど、それは無理だった。
自然の川にだって、たくさんの細菌がいる。
僕は、それらに打ち勝つことができないから。
だけど、自然の中で食べたトウモロコシは本当に美味しかったんだ。
また行きたいけど、もっと生きたいけど、僕は目に見えないような細菌にも負けてしまうから。
でも、きっと忘れない。
あなた達のもとで過ごした、命ある日々を。
生まれてくる場所は選べないけど、ここで良かった。
それは、あなた達に出会えたから。
あなた達の記憶に残れるから。
僕という、異端分子を、壊れものを、不良品を、どうか、忘れないで。
僕はきっと忘れない。
少年は、まもなく永遠の眠りにつく。
医者として、出来ることはもう何もない。
この手紙を託されたが、未だ両親とも到着せず、私は、この手紙を渡すべきかどうかすら決められないでいる。
母親は、彼のいないところで、「産んで後悔している」と言っていた。
父親は、仕事が忙しいので、そう頻繁に病院には通えない、経済的にも厳しい、と言っていた。
私の勝手な決断だった。
手紙を大切に折りたたみ、私のデスクの引き出しの奥の方にしまった。
きっと彼は、それを知ったら私を恨むだろう。
彼の中で、幸せと感謝を伝えたい相手は、両親以外にはいないはずだ。
だが私は、私の中で、どうしても許せない何かがあった。
これは私のエゴだ。
そして、私の中の正義でもある。
その日の夜遅く、少年は息を引き取った。
そこまで頑張った少年のおかげで両親は彼を看取ることが出来たが、私は彼らの表情にどこか安堵のようなものを感じてしまうことを否めなかった。
私の勝手な思い込みだろう。
自分の子供を愛さない親などいない。
そうは思っても、あの手紙は今も、私のデスクの引き出しの中にある。
私は彼を忘れない。
彼の生死に関与した者として、私は彼を記憶し続ける。
彼がたとえ真実を知って、私を恨んでいるとしても。
あの手紙が、私のデスクの引き出しに眠っている限り、私はきっと忘れない。
8/20/2025, 10:11:11 PM