楽園【後編】
先程までの穏やかな波とは打って変わって、高台から見下す波は崖の岩を食らいつくそうとするかのように荒々しかった。
体当たりするように突進する潮は、絶壁の前に砕け散り、無念の白い飛沫を上げている。
高さも相当なもので、ここから落ちたら絶対に助からない…。夢だと分かっていてもそう確信させてしまうくらいの迫力があった。
一歩歩を進めてみる。柵はなかった。あと一歩踏み出せば自分はどうなるのか…。
「…いやあ、怖い怖い。戻ろう」
せっかくリフレッシュしに来ているのに、わざわざ怖い思いをすることはない。
浜辺に戻ろうと、崖に背を向けた瞬間、フッと意識が遠くなった。
ふと気付けば、あの日焼けマシーンの中だった。
踊り子のコスチュームを着たスタッフが片手でマシーンの蓋を持ち上げながら尋ねる。
「いかがでしたか?」
「いや、素晴らしいねこれは。時間が足りないくらいだったよ」
「ありがとうございます」
彼女はおざなりの営業スマイルを返してくれた。
「これで今回のパラダイスタイムは終了です。お足元にお気を付けてお帰りください」
出口に案内されてから家路につくまで、私は次は後輩も連れてこようか、それとも内緒にして一人きりで楽しもうか、いい気晴らしが出来たと浮かれていた。私はこの楽園がとても気に入ったのである。
しかし無情にも、このアトラクションはすぐに使用中止になってしまった。
パラダイスタイムの運転中に死亡事故が発生したのである。
家で見たニュースによれば、ある男性がパラダイスタイムの3番(あの美男美女のプールランドのコースだ)のコースを選び、使用中にショック死したらしい。
死亡した男性と一緒に行った彼の友人の話では、パラダイスタイムの常連だったその男性は「今日はめっちゃ高い飛び込み台から飛び降りて、女子たちワーキャー言わしたんねん!」と話していたそうだ。
飛び込み台でショック死…普通飛び込み台からの事故といえば、首の骨を折るなどの外傷からの事故だが、ショック死等もありうるのだろうか。
ぼんやりと考えた後、ふと自分がパラダイスタイム中に見た、高台からの光景を思い出した。
もしあの時、夢だからと侮り崖から歩みを進めていたら…?
自分はどうなっていただろうか?
急に寒気がした。やはりまだまだ寒い。
楽園の夢は、機械に頼らずこれから自分の布団の中で見るとしよう…。
#楽園【完】
5/7/2023, 11:22:08 AM