あると

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『大事にしたい』

 「大事にしたいんだ」

 そう言っておいて、私に何一つ選択肢を与えなかった彼。

 いらないと言ったブランド物のバッグ。
 やめさせられたバイクと庭仕事。
 せっかく行ったのにやらせてもらえなかったバンジージャンプ。

 私を真綿の中心に押し込んで、私の望むものは与えてくれなかった彼。

 私は安くて使い勝手のいいものが好きだ。
 バイクで風を切るのが楽しい。庭のバラは、たまに怪我をしてでも、綺麗に手入れするのがいいのだ。
 そして、よく意外と言われるが、スリルのあることが好きだ。

 それが私。

 ……大事にするって、なんだろう。
 彼は私にいっさい傷をつけたくなかったんだろう。ずいぶんと丁寧に扱われていたと思う。
 でもそれはきっと、「人を大事にする」ことじゃない。

 彼とは別れた。
 丈夫でシンプルなトートバッグを荷台に乗せて、今は海岸線沿いを一人でツーリングしている。

 「大事にしたい」……それはただの免罪符。私を閉じ込めておくための呪い。
 人を大事にするとはどんなことなのか、はっきりとは言えないけど。

 あんな彼より、今この瞬間の私自身のほうが、私をよっぽど大事にしていると思う。
 
 今日の風は、一段と涼しい。

9/20/2024, 1:25:21 PM